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2009年11月 5日 (木)

甚二郎城跡(三重県伊賀市)

城跡は三重県伊賀市青山町勝地にあって、既にリポート掲載を終えた新氏城の谷を挟んだ直ぐ南西側に位置しており、全体像から窺えばほぼ平城に近いものである。名が語る様に甚氏の居城、あるいは屋敷跡として間違いないものとは思えるが、詳細は不明。

ちなみに個人的な見解にはなるが、当時は新(シン、実際にはアライかも分からないが、)氏と呼ばれた氏名は神(シン、ジン)氏とも置き換える事が可能であり、甚氏のジンは本来は神(ジン)氏のジンから当て字されたものの様にも思える事から、少し強引かもしれないが「新氏」は本来「甚氏」と同じ一族であり、当て字が変化しただけである様にも思えるのである。よってこの二城は呼称は僅かに違うが、本来新氏の山上郭を詰城とすれば、こちらは居館とも言えるシン(ジン)氏の城跡の形態が、自ずと見えてくる様にも思えるのである。

1route_3 登城ルート

4_2 城跡進入路

Sz1 3ji 城跡概念図

城跡へは、先に触れた新氏城を起点とすれば分かり易いが、進入路としてはルート図あるいは概念図に示した二通りの向い方がある。南の民家脇からの小道より向えば、直ぐにでも城域となる便宜上の主郭及び副郭に到達出来、図中に示した最上段に位置する東西の物見郭(推察)までは、崩落の見受けられた斜面、あるいは郭仕切りとも見受けられた縦土塁を上れば、一気に到達可能となっている。尚、車は集落内における生活道が狭い事からも、JA付近の道路空きスペースを利用するか、少し遠くなるが公民館の駐車場に預ければよいものとは思われる。

9_isigaki_1 主郭南の謎の石積み

13_dorui_kado_isi_1 副郭角の土塁と石積み見所

15_shukaku 主郭の現状

19_dorui_karabori_1 西物見の空堀跡見所

22_monomi_nai_1 西物見の内部

20_dorui_heki_isi_1 土塁内壁の石垣痕

24_higasi_monomi_karabori 東物見の空堀見所

現状(10月)城跡の主郭となる削平地は、本来高低差を伴って屹立していたかとも思われる、郭背後の切岸からは土砂が随分崩落流失しており、大部分はただの斜面の如き様相になっている。副郭は土塁(底部に石積み)も明確に残存しており、判別し易い状態にはあるが、郭内部は荒れ放題でもあり、雑木が密生して外見から中を覗く事は非常に困難な状況にある。先に触れた便宜上の物見郭は、この主郭の東西上段(高低差10m以上)に左右に分かれて備わっているが、内部は非常に状態が悪いので、小規模でありながらも全体像を外見から覗く事は非常に困難、しかし土塁あるいは背後の空堀は判別し易く残っている(特に東側は状態が良い)ので、中々目は楽しませてくれる様には感じられる。尚、この二郭は直ぐ背後の林道からも窺える距離にあるので、最初にこちらから見学しても良いかもしれない、、

この城跡の、ほぼ平城に近いが地形を利用した縄張りプランは、非常にユニークなものがあり、充分見学する値打ちはあるものと感じられたが、まだ未訪の方には「新氏城跡」、あるいは、これから紹介する事になる、妙楽寺城などと併せた同日訪問を是非お薦めしたい。

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