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2009年10月23日 (金)

山崎城跡(京都府福知山市)

城跡は福知山市山崎にあって、集落の西側、和久川の北側に単独で聳える形の低山山上に位置している。現在南麓には武神社が建立されている事からも、場所の確認は容易いとは思われる。

城跡へは福知山市内を走れば国道9号から「新庄」交差点で429号に針路変更、後はルート図の如くおよそ3kmも走れば、直登口ともなる武神社には容易に到達出来る。この山城も登山道あるいは山道は当然の如く無いので、社殿背後から山上に向かっての登山になるが、比較的なだらかな山容でもあり10分もあれば山上主郭までは辿り着ける筈である。ただ時期的(九月)に仕方が無い事かも知れないが、山上主郭から東尾根上に限って言えば、密生する雑木藪となっているので、踏み入る事も出来ない状態になっている。他は歩き回れば概念図に示したまでの遺構はほぼ判別確認可能な状態にあるが、全体的にも藪化は相当進行している為に、一部では木々の隙間を縫って中腰で潜り抜ける場所も少なからずある。

この山城に関しては地図の上からだけではあるが、城跡としての築城立地条件を充分満たしている事からも、個人的に以前より城跡として間違いないものと確信していたものであり、今回は確認の為に福知山市内の通りすがりに意を決して立ち寄ったことから始まるものだが、いざ山上まで上って見れば確実に城跡遺構と判断出来る、削平された規模の大きい郭群、土橋付き空堀、郭切岸、縦堀地形などを眼にする事が出来た。下山後、資料などから既に発掘調査を終えた(何時頃かは不明)山崎城だと初めて認識する事が出来たが、城史に関してまでの詳細は不明。

1route 登城ルート

5 城跡遠望

3ya 城跡概念図

11_kaku_heki 南郭群の切岸

12_minamikaku 南郭

14_karabori_dobasi 北郭群の空堀土橋

16_kitakaku 北郭群

訪問結果として城跡は、縄張りプランとしての魅力に少々欠ける事からも、自ずと遺構の見応えにはほとんど期待出来ない状況でもあるが、未踏になった東尾根上の郭群(地形からも予想される)を含めなくとも、山上尾根における郭占有面積は比較的大きく、独立した山上のほとんどが削平され郭化されている様には見受けられた。ただ長年の堆積物あるいは風化によって郭内は荒れ放題でもあり、切岸処理が窺われる郭跡が非常に少ないのも現実である。この山城は形態が古そうに感じられたので、築城年代としては室町期あるいはそれ以上遡るのかも分からないが、考え方を変えれば臨戦時による急こしらえの様相でもあり、丹波攻略軍における陣城、あるいは向城の可能性も充分感じられるのである。先に触れた様に見応えのある遺構が皆無に近い為に、見所を探すのには非常に苦労するが、はっきり言って「ない!」と答えた方が、これから訪問される方に対しては、期待を捨てて城跡に臨めるとも思えるので、敢えてそう申し上げたい。しかし見学に値しない訳では無いので、決して誤解されないように、、、、この山城も数年後には更に藪化も進んでおり、かつてこの地が城跡であったことは誰の口からも語られる事が無いようにも思えてくるのである。  尚、ルート図中に記した今安城は次で掲載予定

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コメント

はじめまして。私この山崎城跡の近くに住む地元のものです。
山崎城は昔から地元でも言い伝えられていて、福知山市の遺跡地図にも乗ってますが、よく知られているのは、日の出木材側の麓に近い尾根のところで、そこは曲輪や空堀や土塁などが明瞭に残っているんですが、山上にも遺構があったとは思いませんでした。しかし、よく考えればあってもおかしくはないですね。

余談ですが、山崎地区から拝師方面を望んだときに見える高い山の右尾根あたりに不自然に真っ平らな尾根が見えます。あれは奈良時代創建と伝わる山岳寺院跡といわれ、戦国時代に焼き討ちにあい現在も石塔や遺構が残ると聞きます。
もしかしたら山城のような防御施設があった可能性がありますが、なにせ高い山なので、しっかりとした調査がされていません。もし、しっかりと踏査されれば、この地方では有数の大規模山岳寺院跡になるとは思うのですが。

TAKUです、コメント有難うございます。
訪れた城跡付近にお住まいの方からのコメントは初めてでもあり、非常に感激しております。というのも案外灯台下暗しである様に、地元の方は直ぐ近くに城跡が存在していても、意外に上ってみた事がない方が多く、わざわざ遠距離から見学に訪れる方の方が、多いように見受けられるからです。
私にしてみれば山城らしい雰囲気であれば、迷わず上って確かめずにはおられない性分もあり、この山崎城もそうなのですが、何の事前リサーチもなく訪問した事によって、肝心の北東尾根に展開される遺構をどうやら見逃してしまったようです、、
この山城は特に四方の裾野に城域が広がっており、まだその全てを調査された様には思われませんが、山上にはまぎれもなく詰城、あるいは主郭が存在しており、更に概念図には示しましたが、南西側にも切岸の明確な規模の大きい郭跡が連なっていました。
機会があれば再訪して北東側の枝尾根まで足を向けてみたいと思っております、情報のご提供有難うございました。

私もコメントしてますが、こちらの方が該当の地点に行かれています。
http://40437108.at.webry.info/200812/article_7.html
3枚目の遠景写真の右端の低い尾根部分が遺跡地図に記載のある城部分です。
ちなみに、城部分のすぐ下にある高石垣の民家がかつて城主の屋敷跡だったという言い伝えがあります。石垣は後世のものですけど。

自分も歴史好きでねこの丘陵に城跡があることは知ってましたが、ここまで大規模だとは思いませんでした。南西側の丘陵部分は遺跡地図ではテラス状の古墳群となってますが、再考の余地がありますね。
機会があれば探索したいとおもってます。

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