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2009年10月27日 (火)

小見山城跡(京都府福知山市)

城跡は福知山市三和町辻にあって、県道59号沿いにあるバス停「中ヶ市」からは細見川を隔ててほぼ真南側にあり、県道沿いからも位置は確認し易く、その低丘陵上に位置している。三和町文化財パンフによれば辻野左衛門屋敷とも記載されているが、一部の文献によっては先に掲載を終えたダマ城と同様に細見辻城と記載されているのもあり、区別する為に今回は別称でもある小見山城跡としてリポート掲載に及んだ。

この城跡は当時辻野屋敷と呼ばれた様でもあったが、細見将監の手によって城は奪われた形になっている、ちなみにこの細見将監なる武将は明智軍による攻撃を本郷城で一旦撃退した人物でもあり、あの知略に富んだ明智軍を退けるとは相当勇猛かつ知略に秀でた武将とも見受けられる。先に触れたこの「本郷城」は既にリポート掲載は終えているが、篠山市本郷にあって松隣寺を菩提寺とした細見氏一族の居城でもある。

1route_2 登城ルート

4_1_2 県道から遠望

7tozanguti 進入口

3tu 城跡概念図

尚、三和町文化財パンフ(有料)に地形図と共に印のある城跡所在地は、城跡の現存する場所とは若干異なっており、実際にはルート図にも示したが、谷を隔てた西側尾根先端部に位置しているので、パンフを参考にして現地に赴いた場合は、ただの丘陵見学だけに終わってしまう可能性もあるので注意が必要と思われる。もちろん地形から考えてもこの丘陵上(結果的には踏破していないので遺構はないとは言い切れないが、ここでは現地の伝承を信頼し重んじた)は当時何らかの形で戦略的に機能していたものとも考えられるが、公的な資料は全てが正しく記載(特に尾根の位置は間違いやすい)されている訳ではないので、間違いも少なからずある事を念頭に置いて訪問されるのが肝心とは思われる。個人的にはそれを鵜呑みにして何度か誤認した経験があり、なるべく参考程度で抑えてはいるが、本来なら現地での聞き込み確認が一番大事である様には感じられる。今回の訪問に際しても、念の為に麓に住まわれる御婆さんから事前に所在地の確認はしており、既に亡くなられた御爺さんが、かつてこの城山に鎮座していた祠を、大事に世話をしていた事も聞き及んで臨んだ結果、本来の城跡を直ぐ探し当てる事が出来た。地図を鵜呑みにしておれば恐らく誤認して落胆しながら帰宅したものと考えられるのである。

9_heki 主郭西側切岸

10_fukukaku 副郭

12_karabori_1 空堀

15_kitaone_hirati東尾根削平地

城跡へは先に触れたダマ城訪問ルートでもある国道9号から709号へ進路変更、後はルート図あるいは概念図を参考にしてバス停「中ヶ市」を目印として目指せば分かり易く到達出来るものと思われる。現状(10月)城跡は当然藪化は進行中ではあるが、小規模でもあり移動に困難を来たすまでの状況には至ってはいない。複雑な遺構も皆無である事からも、ほぼ二郭で形成された縄張り内における遺構(空堀、土塁壇、切岸など)は全て判別確認は可能な状態にあるが、空堀などは相当土で埋もれており、丘陵上における郭高低差も小さい事から、自ずと見応えのある遺構も皆無なのが現実でもある。この城跡は今回の様に三和町に点在する細見氏の山城巡りの一環として、その細見氏を探る史跡見学として割り切るならば、満足感には充分浸れるものとも思えるのである。

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