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2009年10月16日 (金)

東和田城跡(兵庫県朝来市)

城跡は兵庫県朝来市和田山町東和田にあって、先にリポート掲載を終えた久田和城からみれば、東河川を挟んだ北側の低丘陵上に位置しており、現在城跡の南側(市道側)の数十段にも及ぶ小規模な削平地は、古い時代の集合墓地(郭跡の転用地だろう)となっている。

この城跡も東河川に沿って点在する上道氏の出城あるいは東河七城の中の一つなのかも知れないが、集中点在する城塞群の城跡呼称の判別は現状難しく、詳細は地元の方に訪ねても分からずじまいでもある(個人の推定では大治賀城の可能性あり)。ほぼ無名に近く規模も小さい城跡である為に、公的な資料にも明確には記されていない様にも窺えるが、この明確に判別出来る遺構を目の当たりにすれば、当然既に発掘調査は終えているとは思えるのである。今回は呼称の断定までは至る事が出来なかったので、取り合えず位置する地区名から仮名「東和田城跡」としたが、個人的には遠距離訪問でもあり、現地で知り合った歴史好きの方にこの城跡に関して少しでも分かっている情報があれば、是非ご一報して頂く様にと後事を託したのだが、余り期待は出来ないかもしれない。(判明次第報告の予定)

1 登城ルート

4_1 城跡遠望

1_1 城跡概念図

11_minami_karahori 7_minami_kaku_karabori 南郭1と空堀見所

10_naka_shukaku 中郭2

14_kita_karahori 北空堀見所

12_shukaku_yori_kitakaku 中郭2より北郭3側

16_kita_heki15_kitakaku_heki  北郭3の郭切岸

20_kita_sakuheiti 北削平地

城跡へは久田和城を起点にすれば、ルート図からも直ぐ分かる位置にあり、車でほぼ直進移動すれば5分とはかからない。概念図に示したが、道路沿いからは墓地も直ぐ目に留まるので、そのまま墓地に歩いて向えば自ずと本郭群には到達可能である。

現状(九月)城跡は最北の郭跡地(広い削平地)は教育実習用の研修広場となっているので、全体的にも樹木はまばらとなっており、見学するには申し分のない状態にある。低い丘に築かれたこの砦規模(総全長100m足らず)の城跡は、但馬地方あるいは丹後地方でもよく見受けられる、空堀を間に挟んだ連続土塁壇が特徴でもあり、黒田城あるいはその出城でもお目にかかったものとほぼ機能は同一の様にも感じられた。具体的にこの小規模な土塁壇(10m四方が三つ並ぶ)をどの様に使いこなしていたのかは、見学者が見たままを想像するしか無い様にも感じられたが、この空堀(現在では1m程度の高低差)も500年近い堆積物を考えれば、当時は5~6m前後の深い空堀であった様な気がしないでもない。発掘調査の有無までは分からないが、機能や当時の空堀の様子を想像するだけで楽しくなってくるのである。

この城跡は見応えがあるとはとても言えないが、明確に判別出来る連続土塁壇と空堀、あるいは高低差は無いが未だ鋭角に残る郭切岸は、覗いて見る価値は充分ある様には感じられた。当時の城跡の風情を味わえれば良しとし、久田和城を含めた東河地区の城跡巡りの一環とすれば、この城跡も含めて自ずと充実した城跡巡りが出来るのではないだろうか。

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