« 音羽野城跡(滋賀県甲賀市) | トップページ | 但馬山内城跡(兵庫県朝来市) »

2009年10月 1日 (木)

但馬物部城跡(兵庫県朝来市)

城跡は朝来市和田山町物部にあって物部八幡神社側からみれば背後にあたる真北側の山上尾根に位置している。但馬竹田城とも近いことから、その支城あるいは出城とも見受けられなくもないが、現状城跡の古い形態を考えれば、とても戦国期を乗り切った城跡の様には窺われず、山裾の神社敷地を当時の居館とすれば、山上主郭は規模の小さな詰城、あるいは物見といった程度の城跡でもある。戦国期においては代々物部氏の居城は伝わっているが、何代目かの城主は戦死しており、城はその時より廃城となった可能性は高いものと推察される、もちろん同氏が活躍した時代背景の詳細は分からないのが現状でもある。

城跡へは県道70号よりルート図の如くJR「青倉駅」を目指せば分かり易く、道路沿いにある二箇所の「中物部」バス停の間から神社に上る道があるので、そこから進入すれば直ぐに神社駐車場までは到達可能である。社殿左手側の、屋敷跡地の様にも窺われた広い削平地からは、登山道(旧参拝道?)が北山上に向いて繋がっているので、山上主郭までは10分程で迷わず辿り着く事が出来るだろう。

1route 登城ルート

7 神社を見上げる

10 登山口

3mo 城跡概念図

現状(九月)城跡は山上主郭までは、登山道に任せれば万遍なく見て回れる状況にあり、尾根上の郭跡(削平地)を判別確認しながら上れば効率よく見学出来る。とは言っても山上主郭までの遺構は、縦堀地形は二箇所で窺われたものの、ほぼ尾根上の郭跡を体感する程度の事でもあり、山城の風情などは感じられても、見応えを問われると返答に困るのが現実でもある。概念図に示したものが個人的に遺構と判別出来たものであるが、確実にそれと判別出来る技巧的な遺構は皆無でもあり、郭跡を除けば主郭周りの切岸だけが当時を偲ばせる遺構の様にも感じられた。

11_tatehori 縦堀地形

12_kaku 南尾根上の郭

15_higasi_kaku 東郭

15_minami_gedan_kaku_1 南下段郭

17_shukaku 山上主郭

19_kitagawa_heki 主郭北背後の切岸

古い形態の山城でもあり、見応えのある遺構が存在しない事からも、山城ファンにはお薦めとはいかないが、当時における山城の風情を味わう程度と割り切った訪問であれば、充分納得の行く見学が出来るのではないだろうか。見通しは利かないが山上主郭には休憩所(近年まで小社があったとも窺われた)まで設置されており、登山道が主郭まで通じている事からも、一般の史跡見学者あるいは城跡ファンにはお薦め出来る城跡かもしれない。逆に見応えはなくとも、当時の史跡としてみれば充分価値は感じられるのである。

« 音羽野城跡(滋賀県甲賀市) | トップページ | 但馬山内城跡(兵庫県朝来市) »

兵庫(但馬地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1070646/31233498

この記事へのトラックバック一覧です: 但馬物部城跡(兵庫県朝来市):

« 音羽野城跡(滋賀県甲賀市) | トップページ | 但馬山内城跡(兵庫県朝来市) »

無料ブログはココログ