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2009年10月19日 (月)

福地城跡(三重県伊賀市)

この城跡へは個人的には10数年振りの再訪となったが、近年の城郭ブームによって非常に整備の行き届いた城跡として生まれ変わっていた。当然縄張り構造は変わっていないのだが、前回主郭虎口西側に造成されていた側壁を石積みとした荒地には「伊賀小屋組みの家」といった民芸茶屋らしきものも新築されており、その名阪国道側は通路として大きく様変わりしていた。当然相当な地形改変が窺われたのだが、本来の郭転用地とすれば最低限許せる範囲なのかもしれない、多少残念な気持ちにはなったが、城跡ファンのみならず一般の史跡見学者にとっても非常に訪れ易くなったとは思われる。 

更に訪れたタイミングが良かったせいもあって、前回は虎口前の空堀から北郭にかけては下草で覆われて、遺構すら確認出来なかったものが見事なまでに全貌があらわになっていた。この城跡はある程度公園化されているので状態も良く、現状(七月)において現存する遺構は、北側山裾に位置する広大な規模の居館跡も含めて、全て判別確認出来る状況にあり、規模はそう大きくは無いが、縄張りを含めて中世の城跡の佇まいを存分に堪能する事が出来そうには思える。

1 登城ルート

6_1 現地案内説明版より

3fu 城跡概念図

6_2 登城口

34_shukaku_nisi_karabori 虎口前の空堀見所

2022虎口石垣跡見所

26_shukakunai_ido 主郭内井戸跡見所

29 石蔵跡見所

30_dorui_jyou 主郭土塁上

38_kitakaku_nai_1 北郭の土塁見所

10yakata_karabori_1 居館跡の土塁、空堀見所

12_iyakata_zenbou 居館跡の全貌

 

伊賀においてはこの城跡より規模も大きく、状態は悪いが遺構残存度の高い城跡はまだ数多くあるのだが、居館と詰城がセットで、しかも良い状態のままで全体像が窺える城跡は数も少なく、中世の城跡(城館)を見学する分には最高の教材と言えるのではないだろうか。この城跡に関してはネット上あるいは文献でも数多く採り上げられていると思えるので、敢えて多くは語らないが、この城跡を史跡として見学された方も、これをきっかけとして土塁城(土城)の魅力を再認識して頂きたいと思うのである。今までもブログ中で何度か触れた事ではあるが、5世紀以上に渡って当時の構築物がそのまま現在まで残されているのは、古墳と山城遺構だけと言っても過言ではなく、未だに当時の原形を留めている土塁や切岸は、日本の風土から考えれば脅威に値するとも思えるのである。正に当時の土木技術抜きにしては考えられないものでもあり、今まで天守閣の存在する近世の石垣城ばかり訪問されていた方も、是非こういった土塁城にも足を向けて頂きたいと思うのが本音でもある。当然この城跡はこのブログを拝見して頂いている山城ファンのみならず、一般の史跡見学者あるいはこれから城跡を訪問する準備のある方にも、是非訪問をお薦めしたい城跡の一つである。

城跡は三重県伊賀市伊賀町柘植にあって、京阪神から向えば名阪国道「上柘植」ICが最寄の乗降口となる、位置的には伊賀サービスエリヤの西側の小山がそれであり、地図からも場所は確認し易いとは思われる。国道25号よりルート図を参考にして「萬壽寺」を目指せば難なく城跡までは到達出来る筈である。

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三重県の山城跡」カテゴリの記事

コメント

三宅播州です。いつも楽しく拝見させていただいております。
福地城のブログを拝見させていただき、
私も同様の想いで訪城をしております。
takuさんがおっしやられていた
(5世紀以上に渡って当時の構築物がそのまま現在まで残されているのは、古墳と山城遺構だけ)
(これをきっかけとして土塁城(土城)の魅力を再認識して頂きたいと思う)
まさにその通りであり、戦国時代を思い起こすことができるのは山城遺構だけだと
私も考えております。
そして最近変化もおこりつつあります。
先日 丹波の淀山城に訪れましたところ、
以前訪城した際はtakuさんのブログにありましたように
自然と一体化していくのだろうかと思いましたが、
今はおそらく地元の方によると思いますが
主郭、二の丸等が木も切られ整備されとても見やすくなっており、
能勢の丸山城と同様にとても見学しやすくなっていました。
昨今の戦国、お城ブームで訪れる人が増えたようで
今後この動きが広がっていき
多くの山城が史跡に認定され
見学しやすくなっていく事を願っています。
そして山城賛歌でtakuさんが発信されている情報が
何よりも山城探訪をする人々のアシストになり役だっていると思います。(紹介されているお城の多くに人の踏み跡が残っていました。)
takuさんと比べると私もほんの微力ですが
運営するサイトでまずは山城人口を増やすためにも初心者の人でも訪れやすい山城を紹介していきたいと思います。
今後も応援していますので頑張ってください。

TAKUです、播州さんには何時もの事ながら励みともなるコメントを頂戴し、非常に有難く感謝の気持ちで受け止めております。
近年においては戦国ブームの到来で、多少無名の山城にも興味を持ち足を向けらる方が増えて来たとも考えられますが、やはりこれをきっかけにして、公的に史跡として登録保存して頂きたいのが本音ではあります。無名の山城を訪ね歩いていれば、中には驚くばかりの遺構を眼にする事の出来る城跡がまだ数多く残っています、播州さんも既に御存知だとは思いますが、但馬伊賀谷城の畝状縦堀などは遺構残存度の高さなどからも、当然史跡として充分価値のあるものと判断されますが、場所柄訪ねる方も少ないのが現実かも分かりません、、、
それにしてもあの淀山城が最近その様な状態になっているとは驚くばかりです、近所を通過した際には是非立ち寄ってみたいと思っております。
播州さんのコメントにある様に、ブログで発信した事が少しでも城跡ファンのアシストになっているのであれば、私にとってもこんなに嬉しい事はありません。
お互いが地道に城跡情報をこつこつと発信していれば、徐々にでも山城遺構に対する意識は良い方向へと変化していくものと思えます。近畿圏の多くの山城が、案内板の設置された見学し易い城跡へと変貌して行くのが理想ではありますが、先は相当長そうですね。
久し振りにお元気そうなコメント頂戴し安心しました、本来なら私の方からHPを訪問しなければいけないのに、つい無精して非常に心苦しく思っている次第です。

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