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2009年9月27日 (日)

松田城跡(三重県伊賀市)

この城跡は先に寄った新氏城跡を後にしてからは、県道2号より北上進行中に集落に舌状に延びた尾根が山城の如き様相を呈していたので、つい気になって訪問探索したものであるが、結果的には城跡遺構と呼べる堀切(空堀)あるいは土塁などは間違いなく現存しており、伊賀の城跡ではよくお世話になっている、城跡を示す「松田城」と記された青色タグによって城跡としても間違いの無い事が判明した。今回のリポートでは城跡が平凡な単郭土塁城で終わっていない事からも、所有する乏しい資料の類にはこの城跡は記されていないのだが、現地に掲げてあった標識(タグ)を信頼した上で、そのまま松田城としてリポート掲載に及んだ。よって詳細は全く不明でもある

城跡は三重県伊賀市青山町妙楽地にあって、先にリポート掲載に及んだ新氏城からは車で県道を北進すれば数分の距離にあり、目印としてはルート図に示した様に「稲谷口」バス停を目指せば分かり易いと思われる。この付近の空きスペースに車は充分駐車可能であり、ここからは概念図を参考にすれば5分もあれば城跡の先端郭に到達可能となっている。

1route 登城ルート

6 城跡進入路

3m 城跡概念図

現状(八月)城跡はこの時期においても比較的郭移動も容易く、見て回るにも難渋はしない状態にある。残存遺構も目白押しとは言えないが、先に触れた様に伊賀特有の高土塁は使用されておらず、丘陵上を二本の空堀と付随する土塁によって分断して郭を形成している。郭高低差あるいは縄張り妙味が特別ある訳ではないので、山城としての醍醐味も見応えも感じる事は出来ないが、南東側の空堀には僅かながら判別可能な仕切り土塁が付随しており、状態は良くはないが縦土塁あるいは縦堀に繋がる様は、この城跡の唯一の見所とも言えよう。他では現状相当地表風化によって埋もれてはいるが、中央に位置する空堀、土が流失して高さは失われているが、付随する土塁は間違いなく見学者の目を楽しませてくれるようには感じられた。

10_toutatu_kaku 南東先端郭

11_dankaku_1 段郭

12_tatehori_dou 縦堀あるいは空堀道見所

16_shukaku_heki_2 主郭切岸見所

20_naka_karabori_dorui 20_naka_karabori_dorui_1 中央空堀土塁見所

23_sanjyou_gawa_kaku 山上側の郭

縄張りの全長は現状100mにも満たない城跡ではあるが、現在民家及び農地が直ぐ傍まで迫っている事を考えれば、近年において相当地形改変はあったものと解釈され、城域は現在のものより当時は県道沿いにまで相当はみ出ていた様にも推察される、、?今回の城跡訪問は偶然が生んだ産物でもあり、空手形に終わらなかった事からも充実した山城巡りとなったが、過去における他での探索回数から考えれば、徒労に終わったケースも多く、今回はラッキーな一面もあったが、満足感も含めた二重の喜びを味併せてもらった。

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