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2009年9月25日 (金)

新氏城跡(三重県伊賀市)

城跡は三重県伊賀市青山町勝地にあって、集落中央にある「勝福寺」の西側にほぼ単独で聳える形の低山山上に位置している。当時は新左近の居城が伝わるが、詳細は不明

城跡へは京阪神から向う場合、伊勢街道と呼ばれる国道165号より掛田城跡を右手に見ながら、その先で県道2号へ左折針路変更、そのまま道任せに進行すればルート図からも目指す「勝福寺」までは難なく到達出来るだろう。「勝福寺」山門前には公民館があるので車の駐車に気を使う必要は無いとは思われるが、ここからは概念図と画像に示した様に、道路沿いにある白塗りのガレージが城跡へ向う為の目印となり、更に山道への進入口となるので決して見過ごさない様に!このガレージの左横から狭い畦道を通過して、右手に民家の立派な塀を見ながら山に向って上れば、ほどなく広い屋敷跡(当時のものかも?)とも窺われる削平地に辿り着ける、ここからは踏み跡を辿って急斜面を上りきれば、素晴らしい高土塁に囲まれた山上主郭が迎えてくれる筈である(10分内)。

1route_1 登城ルート

5 進入口

3si 城跡概念図

現状(八月)城跡は、山城としてはこれ以上望めないほどの良い状態にあり、木々も少なく下草もほとんど無いことからも、山上で形成される遺構は全て判別確認可能な状況にある。単郭で形成される非常に小規模な城跡ではあるが、主郭周りに凝縮された遺構群は見る者を必ず魅了してくれるである。当時が甦るかのような状態も残存度も抜群な高土塁、あるいは主郭の東、西を断つ縦堀に繋がる二箇所の堀切は城跡最大の見所ともなっており、この小振り過ぎる城跡においては抜群の存在感を誇るものとなっている。数多い伊賀の城跡の中でも一、二を争うほどの状態の良さでもあり、五世紀に渡る風化に任せた状態でよくぞここまで保持されたと驚くべきものでもある、個人的にはこのままでよいので是非史跡として認定して頂きたいと思うのだが、、、。山上郭は規模が小さい事からもほぼ物見程度の機能しか浮かんで来ないが、それにしては削平だけに止まらない過ぎるほどの防備機能、更に縦堀などの技巧も採り入れており、残存遺構の全てが見所とも思えるのである。規模は小さいが遺構残存度、あるいはこの素晴らしい状態からも正しく推奨に値する山城であり、是非訪問をお薦め出来る城跡と自分の目には映った。

17_shukaku_higasi_dorui 主郭東側土塁

18_shukaku_nisi_dorui 主郭西側土塁見所

20_yagura_ue 土塁を伴う櫓台見所

23_dorui_ue_1 土塁上

26_higasi_horikiri_2 東堀切見所

28_higasi_hasi_karabori 東端空堀

31_higasi_yori_kitaheki 主郭北側切岸

32_nisi_horikiri 西側堀切見所

尚、寺院背後の山上にも小規模ではあるが、物見(狼煙台)とも窺われる削平地が存在していたのでまだ未訪の方の参考までに、、、この城跡は山上を物見あるいは詰城とすれば、その別尾根東側に位置する寺院敷地が当時の居館跡とも思えるのだが、推察の域は出ない、更には民家背後の山裾に展開される、東西に広がる削平地が家臣団の屋敷跡とも窺えるのだが、、、。

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