« 松田城跡(三重県伊賀市) | トップページ | 音羽野城跡(滋賀県甲賀市) »

2009年9月29日 (火)

十二所城跡(兵庫県養父市)

城跡は養父市養父町十二所にあって、西側に大屋川を望む事の出来る「西願寺」の北東背の、急峻な尾根先端に位置している。当時は秋山氏の居城が伝わるが詳細は不明。

城跡へはルート図の如く「西願寺」を目指せば分かり易いが、現在城跡の北斜面は土砂採取現場となっているので、大屋川に沿う県道からも直ぐに城跡の位置確認は出来る筈である。ただ登山道がある訳ではないので、直登取り付き地点から山上主郭まで、20分前後に及ぶ斜面との格闘は是非頭に入れて臨んで頂きたいと思う。 

山上へは概念図に示した様に、寺院背後から谷沿いを少し上った場所にある旧配水施設を目印として向い、その左手斜面から取り付き、左側の稜線に向いて斜行しながらジグザグに上って行く方が上りやすいとは思われる。この激斜面は比較的樹木が少ない代わりに、砂利が多く滑りやすいので、木々に手をかけながらの登頂となり、より慎重な登山が要求される。特に下山は上りより遥かに滑り易く感じられるので、木にすがり付きながら30分以上要してでも、足元だけには細心の注意を払って下る必要はある。もちろん東尾根先端から谷沿いに下れば、多少は斜面も緩いのかも知れないが、その分かなり時間は要しそうには思われる、確証は無いが、、。

12 登城ルート

4 城跡遠望

8 進入口

11_torituki直登 取り付き地点

12_1 城跡概念図

現状(九月)山上郭群における主郭は雑木も蔓延り見通しも利き難い状態にあるが、他は尾根上を東に向うほど間伐が行われた跡が窺え、木々も少なく土砂採取斜面側は下界の眺望も利き、郭跡及び堀切などは全体像が拝めるほどの状態にある。この山城の見所であり魅力は、堀切に尽きと言っても過言ではなく、主郭側から東側へかけて望まれる、郭を東西に分断する四本の堀切(一部縦堀に繋がる)群は、見通しの良い事も相俟って壮観さすら感じる事が出来る。長年の堆積物などによって相当埋もれてはいるが、これほど判別し易く残っていれば全く問題にはならないだろう。現状堀切の高低差もまちまちではあるが、当時はより深く薬研堀の如く屹立していたとも想像出来そうに思えたが、特に概念図に示した東堀切3、4における遺構は、分厚い土塁を間に挟んだものであり、相当な見応えを感じる事が出来た。更に山上郭群は西側の主郭から東尾根先端の自然堀切地形に至るまで200m以上はあり、山上尾根がほぼフラットな状態あるいは幅がある事からも、山上における郭占有面積も大きく、城跡は随分巨大なイメージとして目には映ってしまうのである。ただし縄張り妙味は感じられないが、、、

13_shukaku_nisigawa 主郭西端

15_shukau_higasi_gawa_1 主郭より東側を望む

19_shukaku_heki 主郭の堀切壁見所

21_horikiri_heki 堀切見所

26_naka_horikiri3_1 堀切3見所

29_higasi_2ren_horikiri 土塁を挟んだ二連堀切見所

30_horikiri4 堀切4より東削平地見所

先に触れた様に、かなりリスクを背負う登山となるので安易にお薦めはし難いが、山上における堀切遺構は決して期待を裏切るものとは思えないので、これから先は土砂採取によって遺構が消失してしまう危険性も含んでいる事を考えれば、一般の城跡(史跡)ファンには中々お薦め出来ないが、山城ファンにのみ、それも足腰に不安の無い方のみに、是非トライして頂きたいと思うのである。 人の手がほとんど入らない山上に、まさかこれほどの堀切が残っていようとは、夢にも思わなかったのが本音でもある。

« 松田城跡(三重県伊賀市) | トップページ | 音羽野城跡(滋賀県甲賀市) »

兵庫(但馬地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1070646/31230119

この記事へのトラックバック一覧です: 十二所城跡(兵庫県養父市):

« 松田城跡(三重県伊賀市) | トップページ | 音羽野城跡(滋賀県甲賀市) »

無料ブログはココログ