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2009年9月 4日 (金)

三雲城跡(滋賀県湖南市)

城跡は滋賀県湖南市吉永にあって、当時は六角氏の重臣でもあった三雲氏代々の居城と伝わる。(詳細は現地案内板をクリック)この城跡へ訪れるには非常にややこしい説明がいるが、大雑把に説明すれば国道1号「三雲西」で南下してJR草津線を越える、後はルート図を参考にして住宅地の迷路の様な狭い道路を「青少年自然道場」を目印として車で向うしか方法はない。「青少年自然道場」に到達すればそこからは歩いても城跡を目指せるが、時間を有効に使う為にも車で手前の道路を更に上り、城跡の標柱のある箇所まで車で向う方が楽ではある。当然付近に路駐になるのでお薦めは出来ないが、道路も広いので空きスペースに停めてそのまま標柱より山上を目指した方が効率は良いものとは感じられた。

標柱のある登山口から上れば左右に山道が分かれるが、右手側に上れば当時の物見とも窺われた巨石「八丈岩」のある削平地には5分もあれば到達出来る。ここからは概念図に示した様に、尾根上を主郭に向いて上れば便宜上の二の丸には直ぐ到達出来るし、一旦下りて登山道に合流し、本来の大手道から二の丸虎口経由で主郭に向かっても、そんなに時間は要さないとは思われる。

1z 登城ルート

5tozanguti_1 登山口

6 現地案内板より

3_mi 城跡概念図

現状(三月)城跡は、見所箇所の多い二の丸周辺は比較的木々も少ない事から見通しもある程度利き、下草も少ないので現存する遺構の一つである、見応えのある枡形を形成する二の丸大石垣、石組み井戸跡などは中々良い状態のものを拝む事が出来る。全体を通しても遺構はほぼ判別確認可能な状態にあるが、主郭を含めた南西側は相当雑木が蔓延っており、折角の遺構群も非常に勿体無いばかりではある。主郭は小規模なだけに、ある程度木々を伐採して見通しを少し良くするだけで、一層城跡としての価値が高まる様には感じられたのだが、、。石垣跡などは概念図に示した様に主郭から二の丸にかけての郭壁随所(特に西側)に見受けられ、主家にあたる六角氏の総石垣に近い居城「観音寺城」とも照らし合わせる事も出来、当然この城跡も当時は総石垣城をも想像させてくれるものでもある。規模がそう大きくはないので見所は多くはないが、南西側尾根に連続する削平の甘い郭跡を分断する、一部自然地形を利用したとも思える合計四本の堀切も目に留まった。

9_8jyouiwa 巨石「八丈岩」

11kita_kaku 北尾根削平地

14_2maru_kita_kaku_2 北郭

18koguti_ooisigaki 19ooisigaki_2二の丸虎口大石垣見所

25_2maru_idokaku_1

二の丸内

24_idoato 石組み井戸見所

34_shukaku_nai_1 主郭内の現状

37_kita_dankaku_isi_1 北段郭西側の石垣跡見所

48horikiri 南西堀切

尚、本来「青少年自然道場」から上ることの出来る谷沿いにも相当数の石垣跡が目に留まったが、これらは山上にある城跡の石積み方法とは明らかに異なるものでもあり、近世における治山事業としての石垣の様にも見受けられたが、、。小規模な山城ではあるが枡形を形成する大石垣、あるいは郭壁随所で眼にする事の出来る石垣跡、更に石組み井戸は一見の価値のあるものでもあり、この二つの遺構見学の為だけに訪れたとしても決して後悔はしないものと感じられた。個人的には戦国ロマンに充分浸ることも出来、まだ未訪の方には遊歩道が設置されている事からも、是非訪問をお薦めしたいと思える山城ではある。

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