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2009年9月15日 (火)

市御堂城跡(兵庫県朝来市)

最初にこの城跡(平山城)を訪問した上での結論から述べさせて頂くが、現状(八月)この城跡は藪漕ぎもせず簡単に山上までは登れるが、山上郭群は全域が矢竹の密生地と化しており、到達地点の一部の狭い範囲以外は歩き回るにも事欠き、およそ人が踏み入る事の出来る状態にはなく、首まで届く矢竹によって地表すらほとんど見えない、非常に醜い状態にある。郭群も恐らく山上に展開されるだけだとも見受けられたが、一応外見から僅かに矢竹藪の中に主郭と思われる切岸、あるいは本郭群の外壁にあたる切岸を窺う事だけは出来たが、内部の構造まではとても把握出来なかった。取り合えず木々の比較的少ない斜面側の切岸より全体を一周する事を試みたが、一部崖状切岸斜面は滑りやすく非常に危険な状態でもあり、それすら叶わなかった。ただ下山ルートで西側斜面を下った付近に出郭とも思える郭跡、更にそこでは土塁と思われる構造物も眼にしたが、それも密生する竹薮あるいはその堆積物によって判別は非常に困難でもあった。結果的には城跡を斜面に沿って半周したが、南側はともかく北斜面は倒木や草木が蔓延り、相当荒れ放題でもあり、縦堀らしき地形も掘削跡も見て取ることは出来なかった。以上が訪問における現況をリポートしたものだが、決して誇張はしていないので、これから訪れる方は是非これを目安にして頂きたい。

1route 登城ルート

5 進入路

7toutatu_ti 山上郭到達地点

9_minami_obi 主郭南側帯郭

10_shukaku_heki 主郭の切岸

12_nisi_demaru 出郭の土塁か?

城跡は朝来市和田山町市御堂にあって、城跡へ向うには国道312号を走りローソンを目印として進行すれば分かり易いとは思われるが、ローソン付近の道路沿いには市御堂城跡の案内標識も出ており、ここから既に城跡は望めるので直ぐ分かるはずである。後はルート図に示した通りに進行すればスタート地点となる墓地までは容易に到達出来る。この城跡は西側の川を挟んだ対岸に枚田城がある事からも、両者は呼応しあっている状態でもあり、枚田氏あるいは太田垣氏(竹田城主)と何らかの関係にあった城跡とみて良いのかもしれないが、詳細は不明

取り合えず一度気になるので覗いてみようかと思われた方には、登城ルート図に山上まで一番上り易いルート(南側墓地背後から直登)を赤線で示したので参考にして頂きたい。このルートはこの時期でも木々が比較的少なく、藪漕ぎも無く上れるのである意味で楽に思えたが、休まず登り切れば10分内で山上には辿り着く事が可能でもある。ただ上る際には左側へ向いて上ることが肝心となる(右側は最終的には雑木密生地となる)、このルートでの郭到達地点が一番地表が窺える場所でもあり、一番ほっと出来る場所でもある。これから先この城跡の状態が良い方へ改善されるとはまず思われ難いが、自分を含めた山城ファンはそれでも確認の為に一度は覗いておきたいと思うものでもあり、まだ未訪の方にはせめて夏季訪問は絶対に避けるべしと、声を大にしてアドバイスしたいのである。

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