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2009年9月21日 (月)

河守城跡(京都府福知山市)

城跡は福知山市大江町河守(コウモリ)にあって、先にリポート掲載を終えた蓼原城からみればほぼ北側の山上に位置しており、「浄仙寺」背後の山がそれにあたる。蓼原城でも触れた様に当時は新治氏の居城と伝わっており、蓼原城と共に赤井氏によって滅亡への道を辿ったものと考えられるが、詳細は不明

城跡へは国道175号より「浄仙寺」を目指せば一番分かり易く、現地付近からはルート図の如く「大江駅」の反対側の道へ入れば難なく寺院までは辿り着けよう。道路沿いには広い寺院専用の駐車場もあるので車はそちらに預ければ良いものとは思われるが、山上へは本殿の脇から秋葉社まで参拝道が通じており、それを利用して社殿背後からそのまま山上を目指せばよい。秋葉社までは5分程度でもあり、そこからは尾根上に配された郭跡や遺構などをゆっくり味わいながら山上を目指せば、およそ20分程度で最高所にある主郭までは到達出来るはずである。

Tadehara_2 登城ルート

7tozanguti

登山口

3ko_2 城跡概念図

現状(九月)城跡は年間を通じて見学者も非常に少ないとも思えるが、人の手の入らない山城としては充分過ぎるほどの良い状態にあり、縄張り内における遺構群は全て判別可能とも言える状況にある。自然任せである為に一部では倒木や下草で荒れ放題の様相ではあるが、見学に差し支えるまでには至っておらず、縄張りを含めて山城遺構は堪能出来る様にも感じられた。自作概念図に示したまでが踏破した範囲であり、目に留まった遺構群でもあるが、見所は地形をフルに利用した高低差のある郭切岸に尽きるとも言える。図中に示す二箇所の切岸(一部は堀切まで落ち込む)は10mにも及ぶもので、はっきり形が表れる堀切などと違って、地味ではあるが非常に見応えが感じられた。それ以外では特に主郭北壁の切岸は、樹木あるいは草木が蔓延っていないせいもあって美しく、当時の状態にまで思いを馳せることは容易である様にも感じられた。郭から斜面下の周囲を覗く限り、単独で備わる縦堀地形は目に留まらなかったが、この険峻さを考えれば敢えて必要としなかったとも言えるだろう、ただ見落とした可能性は充分考えられるが、、、

19_3maru_heki_1 三の丸切岸凄い!

20_3maru_2 三の丸内

25_shukaku_higasi_heki 主郭東切岸

26_shukaku_nai_3 主郭内

31_gedan_yori_shukaku_heki 北側より主郭上り土塁見所

32_shukaku_kita_heki_1 主郭北側の美しい切岸

36_kita_horikiri_1 北堀切見所

城跡の形態としては、険峻な痩せ尾根上に郭をほぼ直線的に並べただけのものではあるが、縄張り総全長は300mに達するもので、個人的にはこの山容からすればここまでの山城であるとはとても考えてもいなかった。この意外性と驚き、更にこの遺構残存度の高さは、久し振りに「山城賛歌」を贈りたい気分にさせられた。技巧を有する遺構の少ない事からも、縄張り妙味のある山城とは言えないが、遺構残存度の高さ、高低差を伴う切岸の醍醐味、あるいは険峻さも兼ね備えたこの山容は、これぞ山城と呼ぶに相応しいものであり、まだ未訪の方には是非お薦とも言える山城の様には目に映った。

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