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2009年9月19日 (土)

若山城跡(三重県伊賀市)

城跡は三重県伊賀市青山町老川にあって、既にリポート掲載を終えた峰出城とは川を挟んだ対岸の丘陵先端部に位置しており、名が語るように若山氏の居城と伝わっている。詳細は不明であるが、伊賀地域の国人はほぼ織田軍によって壊滅されている事からも、「伊賀の乱」においては当然若山氏も同じ道を辿ったとは思われる。(近所には数軒若山姓を名乗る家屋があるので、御子孫である可能性が高い)

城跡へは先に触れた峰出城へ向う起点ともなった、「青山文化センター」からは丁度真北側に位置しているので方向は定め易いとは思われるが、集落付近の生活道路は非常に狭く、ルート図あるいは概念図に示した広い道路のカーブ付近に路駐して、工務店作業所(現在廃屋に見えた)を目印として歩いて向われる(5分程度)事をお薦めしたい。現地付近に到達すれば、画像に示した辺りより登れば直ぐにでも主郭まで辿り着ける。青山文化センター側から向われる場合は、道路川沿いの「公民館前」バス停付近に路駐スペースはあるので、そこから北進して集落を潜り抜ければ自ずと辿り着く事は可能である。

1route 登城ルート

5_sinnyuukuti 城跡進入口

3w 城跡概念図

この城跡は他の伊賀の城跡と同様に所有する資料も情報も皆無に近く、何時もの如く場所も特定出来ずに訪れる事になったが、現地付近で地元の方に尋ねれば直ぐ場所は特定することは出来た。他の情報としてはこの城跡の他に中村氏城あるいは島野氏城などが老い川地区に現存しているとの事でもあったが、現在は山道も途絶えているので鎌を持っての訪問は余儀なくされるとの事でもあり、流石に訪城は諦めざるを得なかった。既に訪問を終えた峰出城なども併せれば、この狭い山間部にはまだ相当数の城跡が眠っている様にも感じられるのである。

7_koguti_dorui_1 虎口櫓台土塁見所

8shukaku_dorui 主郭土塁

12_shukaku_nai 主郭内部

15_horikiri_3 北堀切1見所

16_horikiri_dorui_1 堀切に付随する大土塁見所

19_2jyu_horikiri_2 中央土塁、二重堀切の全貌見所

20_yasiki当時の屋敷跡か?

現状(八月)城跡は地元の方から聞き及んだ通り藪化の真っ只中にあるが、意外にもこの時期にしては余裕で動き回れる状態でもあり、遺構の判別確認も容易に出来る状態にある。現状判別出来た遺構は図に示した様に、主郭三方を取り囲む高土塁、虎口に備わる大型土塁、北背後を断つ二重堀切(縦堀)などが挙げられるが、見所としては土塁郭を間に挟んで縦堀として繋がる二重堀切に尽きると言っても良いとは思われる。この遺構は北東側から望めば全体像がほぼ拝める事からも、相当な見応えを感じる事が出来るものであり、充分観賞に耐えられるものでもある。城跡そのものは館城の性格を持っているので、当然縄張り規模もそれ程大きくは無いが、訪れて決して落胆する事は無い様には感じられた。尚、ルート図には示したが、川沿いの道路側から見上げれば立地環境からもそれと分かる、規模の大きい敷地を持つ民家(現在廃屋に見えた)があったが、その敷地北背後には凄い土塁(分厚い上に高低差もある)も窺えたので、おそらく当時は居館跡と呼んだものなのかもしれない(推察)? 無駄足に終わるとは思われなかったので、取り合えずまだ未訪の方の参考までに、、。

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