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2009年8月27日 (木)

黒田城跡(三重県名張市)

城跡は三重県名張市黒田にあって、当時は延木(ノブキ)氏の居城を伝えるが、天正伊賀の乱の折織田軍によって落城、その時の城主延木左馬允は討ち死にしたと伝えられている。伊賀にあっては館城の形態を採っておらず、数も比較的少ない山城に分類されるが詳細は不明、別名延木(ノブキ)氏城跡

城跡へはどの様な経路で向っても、最終的には国道165号(伊勢街道)を走る事になる。信号「黒田」の交差点で針路変更後、北進して現地に向えばよいが、目印となるものが見当たらないので、ルート図の赤線あるいは現地付近では概念図を参考にしてもらえれば分かり易いとは思われる。登山口は画像及び概念図に示したが、集落より山手側に向う道はそう多くはないので、案外迷わず登山口となる法然寺(小さな供養塔のみ)までは到達出来るはずである。ただここからは山上までは山道(旧参拝道)が繋がっており、迷わず山上主郭まで(10分前後)は到達出来るのだが、確実に民家の敷地内を通過する事になるので必ず住民の方に声をかける必要はある。尚、人の目を気にせず直登したいのであれば、図に示した下山時に使用したルートの逆を上っても山上には到達可能である(急斜面ではあるが藪漕ぎもなく上りやすい)。

1_route 登城ルート

4 城跡東より進入口

3ku 城跡概念図

15_higasi_kaku_1 東段郭群

16_kaku_heki 段郭群切岸

20_monseki_yasiroato 社跡か?門石

22_kaku 東郭群

34_shukaku_yagura 主郭櫓台

23_shukaku_haigo_1 主郭北背後の堀切見所

29_kita_naka_horikiri_1 北尾根中堀切見所

30_saihoku_horikiri_2 最北堀切より北郭群見所

現状(八月)城跡は植林地となっている為に、この時期でも下草は少なく木々も少ないので残存する遺構はほぼ全て判別確認が可能な状態にある。郭壁の随所に石垣跡あるいは石垣痕があり、柱穴のある門石が二個転がっている事からも、後世においては神社敷地として転用された様にも見受けられたが、土留め石などは相当古さも感じさせてくれており、多少当時に思いを馳せる事も出来るとは思われる、ただ当時のものかどうかの判断は難し過ぎるが、、、。城跡の形態としては小規模な山上最高所に櫓台土塁を配し、東側斜面を掘削して郭を数段連ね、主郭北背後は堀切によって郭を分断、更に北尾根上には郭を挟んで二連の堀切が設けられており、より堅固な構造が見て取れる。当然見所はこの三本の堀切と言うことになるが、その内二本は縦堀とつながっているものでもあり、相当な見応えを感じる事が出来る。この縦堀を含めた堀切群は状態も比較的良いものでもあり、これだけの為に訪れたとしても決して後悔する様には思われず、登山道がある事あるいは時期を問わず訪問可能な現状から察しても、当然お薦めしたい城跡と言うことにはなるだろう。規模も小さく縄張り妙味にも富んではいないのだが、意外に山城としての醍醐味も見応えも感じられた城跡なのである。

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