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2009年8月17日 (月)

星ヶ崎城跡(滋賀県蒲生郡)

城跡は滋賀県蒲生郡竜王町星ヶ崎にあって、当時観音寺城を居城とした六角氏一族でもある鏡氏の居城と伝わっているが、六角氏同様織田信長によって滅ぼされている。別名星ヶ峯城跡

城跡へは名神高速道路「竜王」ICが最寄の乗降口、インターから下りれば国道477号より北進して「西横関」交差点を左折して国道8号に合流すればよい、少し西進して「道の駅」を過ぎればルート図の如く国道の側道となる旧街道へ進入、狭い道路を少し走れば左手側の住宅地脇に城跡の案内看板が目に留まるので、そこから八幡神社跡までは参道を利用し、その後は登山道に任せて所々に備わる道標を確認しながら上れば、30分程度(意外に時間も距離も長く感じられた)で山上郭群までは辿り着ける。

1z_2 登城ルート

4_2 登山口案内板

3 城跡概念図

現状(三月)城跡は冬枯れ後ともあって、ある程度見通しも利き、それなりに見て周り易い状態にはあるが、場所によっては下草(シダ類)で覆い尽くされており遺構の確認判別し難い箇所もある。しかし山上主郭西壁に10m以上に渡って遺された、高さを伴う(2~3m)石垣跡は城跡にあっては抜群の存在感を誇るものとなっており、城跡を語る上での最大の見所ともなっている。画像に示したように石垣底部はまだ相当埋もれているとは思われるが、状態が良い事も相俟って非常に目を楽しませてくれている。他では主郭東側あるいは南側にも一部石垣痕、石列などを眼にする事が出来、当時では少なくとも主郭周囲は全て石垣で覆われていたものと想像出来そうにも思われた。城跡の形態としては地形任せで尾根上を削平して築かれたものであり、縄張りプランに特別なものは感じられなかったが、直立した石垣が主郭を防備する為の最大の要であった様には感じられた。雑木の生い茂る周囲の斜面全域までは踏破出来なかったが、堀切跡は二箇所で確認する事は出来た。城跡の性質上自作概念図における以外に見応えのある遺構(縦堀などの堀切)が遺されているようには見受けられなかったが、他で特別な技巧を有する遺構も窺われなかった事からも、そう多くは望めない城跡の様には感じられた。

19_shukaku_kitagawa_2 主郭北側

20_shukaku_nai_1_2 主郭内

24_nisi_isigaki_1_2 24_nisi_isigaki_3_2 主郭西壁の石垣跡見所

23_shukaku_nisi_isigaki_2 主郭西側より

28_higasi_isigaki_1 東壁の石垣跡見所

32gedan_higasi_horikiri_2 東側堀切地形

31_nantou_kaku 南東郭

城跡は藪化も地表風化も激しく状態が良いとは決して言えないが、藪漕ぎもなく登山道で山上郭まで到達出来る事を思えば、この主郭壁に残存する石垣跡を見学する為だけに訪れたとしても充分な満足感には浸れ、納得した山城巡りが出来そうとも思えるのである。小規模でもあり遺構が目白押しの山城ではないが、当時に構築された石垣に興味のある方だけに是非お薦めしたいと思える城跡の一つである。

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