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2009年7月26日 (日)

久住城跡(京都府京丹後市)

この城跡は丹後地方における数多い城跡と同様に、城跡の情報は皆無に近いものであるが、先にリポート掲載に及んだ佐野城跡などと似た様に、山城としての醍醐味及び見応え、更に縄張り妙味にも非常に富んでおり、個人的に訪れた丹後地方の山城の中でも縦堀(堀切)と横堀を絡ませた技巧を伴う堀切群の見応えは多少状態は悪いものの特筆すべきものがあり、是非訪問をお薦めする物件の一つでもある。別名木積山城と呼ばれており付近には木積神社も建立されており、戦国期においては菊井氏の居城が伝わるが、一色氏を筆頭に他の丹後地方の城跡と同様に細川氏により落城した模様。その後の詳細は不明

城跡は京丹後市大宮町久住(クスミ)にあって、城跡へ向うには男山城跡(板列八幡神社)を起点にすれば分かり易いが、男山城跡の西側で国道178号と交わる県道53号を「網野」に向いて北上すればよい。県道に任せて進行し久住地区に入れば、概念図に示した目印とする野菜直売所地点を右折、その数10m先の写真に示したカーブミラー横の山道(旧神社参拝道)より上れば、既に縄張り内とも思える旧神社敷地(郭跡の転用か?)までは直ぐ到達出来る、そこからそのまま高い切岸を登り切れば、直ぐにでも山上郭群が迎えてくれるはずである。

1route 登城ルート

5tozanguti 進入口

3k 城跡概念図

現状(六月)城跡は自然任せの藪化進行中にあり、規模の大きい主郭は地表も見えないほどの草木に覆われており、全体像を外見から窺うのはほぼ無理な状態にあるが、他はまだましな状態でもあり、当時の残存遺構と見受けられる便宜上の三の丸土塁、主郭櫓台土塁、空堀(横堀)、堀切、縦堀などの様に技巧を伴う遺構はほぼ確認判別出来る状態にはある。城跡における最大見所は主郭櫓台の北側背後に設けられた高低差を伴う二連に見える大小の空堀(堀切)、それに繋がる縦堀、東側に備わる縦堀と横堀を絡めた技巧を伴う遺構であるが、更に櫓台を兼ねたかの様な大土塁もそれに付随している。自ずと武者隠しにも似た地形になっているが、城跡にあっては一番醍醐味を味わえる地域と目には映った。この遺構群は倒竹や蔓延る草木などによって風化は激しいが、案外見通しは利くので全体像から判別確認はし易く、更に横堀跡を歩いてじっくり見学すれば少し複雑な地形も充分把握出来るものと思われる。全体的にも状態は良いとは言えないが、特に北側の堀切から技巧を伴うこの東側一帯の遺構群は決して見逃してはならない。

13_2maru_yori_shukaku_gawa 主郭西側切岸

36_3maru_dorui 三の丸土塁見所

14_2maru_nisigawa_1 二の丸西側

20_shukaku_minami_heki_1 主郭南切岸

22_shukaku_haigo_dorui_2 主郭櫓台土塁

25_horikiri_1 大堀切見所

26_horikiri_yori_higasi_dorui 東側空堀土塁見所

33_yokobori 東側の横堀

外見から全体像を窺う事も出来ないほどの雑木に覆われた主郭は、当然形状あるいは規模などは把握する事が出来なかったが、歩き回れば何とか規模を体感(全長60m前後か?)することは出来、郭内部には櫓台土塁と僅かな土塁跡も目にする事は出来た。外見からの視認は主郭以外では難渋する事はなかったのが幸いでもあり、概念図に示したものが現状判断出来た遺構、あるいは歩き回る事の出来た範囲であると思って頂ければよい。

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