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2009年7月 4日 (土)

芦原西城跡(京都府京丹後市)

芦原城跡における改訂事項

2010/6/20 芦原城として公的に認知された城跡は、既に他で存在しているのが確認されました。よって今回紹介した城跡は、混同を避ける為に新たに芦原西城跡と呼称変更して掲載に及んだものです。

(以下本文) 城跡は京丹後市久美浜町芦原にあって小幡氏の居城が唯一伝わるが、資料も皆無に近いことから城跡の成立した時代背景も分からず、当時丹後攻略軍の細川氏の傘下にあった武将なのか、一色氏の配下にあった武将なのかは確かな情報も得られず、詳細は全く不明。

城跡へは先にリポート掲載を終えた佐野城を起点にすれば分かり易いが、国道312号は久美浜に向いて西進、後は目印となるものがないのでルート図を参考に、谷地区より一般道703号へ左折針路変更すればよい。芦原地区に入れば橋を渡る手前より右手側に城跡は視界に入る事からも、直ぐに確認する事は出来るはずである。城跡への進入口は概念図に示したように小橋を渡って直ぐに竹林地に入り、そのまま郭壁となる急斜面を上り切れば主郭までは5分とかからず到達可能である。(付近を探せば車の路駐スペースはあり)

現状(六月)城跡は住宅地が迫っている事からも竹林地が占める割合も多いが、山上における主要な郭群、あるいは現存する大堀切(三箇所の薬研堀)、北郭に備わる土塁、切り立った郭切岸などは判別確認出来る状態でもあり、遺構見学においては充分満足の出来るレベルにある城跡と言ってよいものと思われる。ただ東側あるいは北東側に踏み入るほど身動きも取れないほどの雑木竹林地となるが、本命はあくまでも山上本郭群なので見学する分には大して影響はないものと感じられる。城跡の形態としては余り高低差のない主要四郭を、地形に任せて大堀切を挟みながら掘削形成されたもので、地形上からか直線的に郭が配されていないところが非常にユニークな縄張りプランと感じられた。

1route_3 登城ルート

6 城跡進入口

3as_2 城跡概念図

10_kosi_yori_shukaku_heki 腰郭より主郭壁

15_shukaku 主郭内

20_kita_gedan_yori_shukaku 北中郭より主郭側

21_dai_horikiri_3 北堀切(薬研堀)見所

22_kitakaku_dorui 北郭土塁見所

26_higasi_dai_horikiri 主郭東堀切見所

29_fukukaku_higasi_horikiri 副郭東堀切見所

13 主郭南下段

25_yasiki_ka 屋敷跡か?

城跡最大の見所は郭間を遮る三箇所の大堀切で、直立に近い様相でもあり、高低差がある事からも見応えは素晴らしく、この城跡にあっては抜群の存在感を誇っており、正に一見の価値のある遺構と目には映った。他では丘城(ほぼ独立した低山)ならではの鋭角に切り立つ高い切岸も未だ健在であり、見学者にとっては非常に目を楽しませてくれる材料ともなっている。

丹後地方に於いてある程度知名度のある山城(丘城)として挙げられるのは、まず吉原山城、久美浜城、弓木城、少しランクが下がって下岡城と非常に数は少ないが、今回訪れたこの城跡は佐野城、意布伎城などと並んで知名度は無きに等しく、ほぼ無名に近いと言えるが遺構残存度は非常に高いものがあり、これから先は指定史跡として見直されても良いのではないか、とも思える城跡の様に感じられるのである。先に挙げた城跡の何れとセットで訪れても、充分満足感の味わえる山城訪問になるのではないだろうか。個人的には充分お薦め出来る城跡の一つである

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京都(丹後地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

takuさま
登城されたのはだいぶ前ですが、御記憶ありますでしょうか。今回の遠征でここも訪問しました。
低山でも印象に残ったので投稿をさせて頂きます。

私は車の停車させる位置をうろうろしている内に図面上の上の位置からアプローチしました。なんとなくの遊歩道あり、その後いきなり落差ある大堀切が出迎えてくれて大感激でした。

その他の郭の間の大堀切も見事そして、縄張りも少し複雑で低山ながら嬉しいの一言です。マイナー山城巡りの醍醐味を感じ取れました。いきなりの切岸のお蔭で、比高差もなく、お買い得と思いました。

いつもありがとうございます。

これは家電流に言えば、非常にコスパの高い城跡という事になるのでしょうか、、、特にスケールの大きい三本の堀切は、切岸も高く圧巻でしたネ。
丁度この頃が、丹後の城跡の切り立つ切岸に惹かれ始めた頃だと思いますが、築城後約500年近く経過していながら、これだけ直立に近く切岸を保持出来るには、土質や風土とか、そういったものも関係しているのでしょうね。
恐らく平城に分類されるのでしょうが、館城の様でもなく、山城の多い近畿圏内においては、中々類を見ない城跡の一つだと思います。

ありがとうございます。流石に記憶あるのですね。

あと2週間強となりました。京丹後市は名残おしく、未だ未訪もゴロゴロしているので、こうなったら、会社休暇取っていくつもりです。

又投稿します。もし天候等で行けなかった場合でも京丹後市の過去思い出を投稿します。

そうでしたね。
後二週間余りですか、、、、
ヒデさんも丹後の山城にはまりましたネ。
私も弥栄町や網野町などに、まだ未訪の城跡を数多く残しておりますが、丹後の城跡は但馬の山城と違って低丘陵上に築かれたものが多く、ヒデさんなら訪問プランによっては、相当多くの山城を攻略できそうですね。
それにしても早く梅雨が明けるとよいのですが、、、

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