田矢伊予守城跡(三重県伊賀市)
城跡は三重県伊賀市阿山町川合にあって引接寺の直ぐ西背後の低山山上に位置している、城跡への道順としては西名阪道「壬生野」ICが最寄の乗降口、ICを降りればルート図の如く県道49号を経由して引接寺を目指せばよい。後は概念図に示される山道から城跡に向いて上れば直ぐ主郭には到達出来るが、現状倒竹などで行く手は遮られるのでいきなり竹薮から直登した方が早いとは思われる。
田矢氏の居城と伝わるが詳細は不明
城跡は個人的には夏季(7月)、冬季(2月)における二回の訪問となったが、いずれも生い茂る雑木あるいは密生する竹林の為に移動も困難、更に視認にも支障を来たす状態となっており、挙句の果てには昼間でも薄暗い中での遺構撮影はほとんどピンボケ状態に終わってしまった。縄張り図を所有していないのでどこまで踏破したものか見当も付かないが、自作概念図に示される城跡遺構は二度に渡る訪問の結果自身の目で踏破確認する事が出来たものである。ほぼ南北に渡り踏破したものとも思えるが、西側は移動にも困難を来たす状況でもあり今回もまた踏破を断念する結果に終わってしまった。二度の訪城で感じられたのは本郭(二郭)の規模も大きいが、堀切を挟んだ北側及び南側に連なる出郭が存在する事からも相当城域の広い山城(案内板には南北に350mと記載)であると言う事である。
見所は主郭を形成する分厚い大土塁と言う事になるが土塁内壁が大石垣で覆われた様は中々見応えが感じられる、一部虎口付近に大石垣が露出しているだけではあるが恐らく当時土塁内壁は全て石垣で覆われていたとも推察される。現状主郭及び副郭共に竹林地である為に堆積物及び長年の風化によって相当荒れ放題と化してはいるが、ある程度広さは体感する事が出来る状態にあるのでこの薄暗い条件下を考えれば良しとしなければいけないだろう。尚、主郭北にある大堀切を挟んだ北側には状態の良い土塁で形成された出郭が存在するので決して見逃してはならない、南出郭に関しては小規模な段郭群で形成されているので、現状の冬季においても凄まじい藪を考えれば敢えて見学には及ばないものとは思われる。
個人所有の城山とも見受けられるこの城跡はこれから先良いほうに状態が改善されるとはとても思えず、個人的にも三度目の訪問は無さそうにも思えてくるのである。
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