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2009年6月16日 (火)

尾崎天王山城跡(兵庫県養父市)

城跡は養父市関宮町尾崎にあって、尾崎集落より真東側の国道9号線に向いて突き出した尾根先端部に位置している。ほぼ無名に近い山城ではあるが石垣が残存しているとの情報だけを頼りに、地形図でおよその目星だけ付けて訪問する運びとなった。藪漕ぎしながら上った結果、ほぼ単郭構造ではあるが国道側の郭壁に石塁を伴った山城に巡りあう事が出来た。当然城史に関しての詳細は不明

城跡へはどの様な道を経由しても、養父市内より国道9号さえ走っておれば容易く尾崎地区には辿り着ける、現地近くまで来れば国道沿いにある「中村自動車整備」を目印としてルート図あるいは概念図の如く進行し、城跡進入口でもある尾崎浄水場施設を目指せばよい。施設付近には駐車スペースは充分あるので、そこから尾根先端に向えば難なく主郭までは辿り着く事は出来る。個人的にはこのルートは下山時に利用したが、国道沿いからの最短距離を選んで直登したお陰で、凄まじいばかりの藪漕ぎを強いられる結果となってしまった。まだ未訪の方には下山時に利用した前者のルートを迷わず選択して赴かれる事をお薦めしたい(それでも時期的に多少の藪漕ぎは仕方が無いが、、)。

現状(6月)城跡は自然任せの風化真っ只中にあり、人の手は入らず荒れ放題と化しており、一部は地表も見えないほどの下草や矢竹、笹に覆われているが、シンプルな構造ともあって縄張りはある程度掴みやすい状態にはある。当時のものと見受けられる石塁は高さは無い(1m程度)が、国道側の外壁をほぼ巡っている形で残存しており、藪漕ぎしながら登って来た甲斐はあったと一人納得をするのである。石垣跡は大小の瓦礫を適当に積み上げたかの様でもあり、お世辞にも素晴らしい見応えのある石積みとは言えないが、往時(突貫工事で築かれたか?)を物語る遺構としては素晴らしいものと目には映った。他では相当埋もれてはいるが空堀跡、あるいは石垣は崩落しているが虎口構造に見えた地形などは当時の残存遺構としてよいのかも知れない。自作概念図に示したまでが現状歩き回れた範囲であり、自分の目に留まった遺構であるが、南東側斜面までは覆い尽くされる矢竹に阻まれてとても探索する気にはなれなかった。当然残存遺構もこの限りではないものとは思われるのだが、この区域は外見からの視認は非常に困難でもあり、推察すら出来ないのが現実なのである。

1route 登城ルート

7 進入口

3te 城跡概念図

12_sekirui 12_sekirui_4 12_sekirui_5 石塁見所

14_karahori_dorui_1 空堀跡見所

16_higasi_isigaki 虎口付近の石垣跡

13_shukaku_1 主郭内

20_koguti_dorui_1 北虎口土塁

この城跡は残存石垣を見たいだけの為に訪れるのであれば、充分納得の行く訪城となる様には思われるが、他の遺構あるいは縄張り妙味などを期待すれば自ずと落胆する事にもなりかねない気がする(大味過ぎる!)。個人的には数100年の歴史を刻んだ石垣がそこにあるだけで充分満足感は得られたが、現状を踏まえれば石垣跡に興味のある方だけに是非お薦め出来る物件と言わざるを得ない。

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