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2009年6月 2日 (火)

長見山城跡(広島県安芸高田市)

城跡は安芸高田市甲田町下小原/内長見にあって、城主渡辺氏は毛利氏の重臣として代々仕え、元就の代に異母弟を擁立して反旗を翻した事により一時的には滅んだ形となったが、渡辺通の代に復帰し以来毛利氏に忠誠を尽くした事が史実となっている。

城跡へは先にリポート掲載を終えた五龍城を起点にすれば分かり易いが、国道54号から県道37号へ針路変更し5km程度南下、JR「吉田口駅」付近でルート図の如く右折すれば、ほぼ赤線で示したルートで登山口標柱までは到達出来る。そこからは山道任せで5分程度で山上主郭には辿り着く事が出来る。

城跡の形態としては東西に長く延びる丘陵上に郭を展開したものであり、主郭に相当し最高所に位置する本郭群は西側に位置している。登山口より最初に到達した尾根上には東に向いて相当広い範囲で削平地が繋がっており、西側には数段の段郭群を挟んで主郭に繋がっているが、更に主郭より南西側に下りると堀切を挟んで出郭と呼べる規模の大きい郭が堀切側に土塁を付して築かれている。ここからは更に南斜面に沿って四段程度の小郭が付随しているのが見て取れる。現状(四月)城跡は主郭以外は相当下草や雑木が蔓延っているので郭跡全体像の視認はまず困難、歩き回って城跡の規模は体感する事が出来るが、細部に渡る地形の変化や遺構の確認には相当困難を来たすのが現状でもある。大雑把ではあるが概念図に示したものが自分で歩き回って確認出来た範囲の遺構であり、密生する雑木藪の為に見逃してしまった遺構も少なからず存在する様には思われる。東に延びる削平地も縄張りとして取り込めばそれなりに規模の大きい城跡と言えるのではあろうが、見る限り尾根を断つ堀切も一箇所あるに過ぎず、特筆すべき見応えのある遺構も存在しない事から考えれば、是非お薦めの城跡とまで行かないのが本音でもある。

1route_2 登城ルート

6_2 城跡進入口

3naga 城跡概念図

11_koguti_1 段郭群虎口

14shukaku 山上主郭

15_shukaku_heki_1 主郭切岸

17_nisi_horikiri 出郭堀切

19_nisi_demaru 出郭内の現状

20_nisi_dankaku 四段郭

19_sakuheiti_1 東へ連続する削平地

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