福田城跡(兵庫県豊岡市)
城跡は豊岡市福田にあって、国道178号の信号「福田」の交差点からは直ぐ西側の丘陵先端に位置しており、国道からも充分確認出来る位置にある。当時この城跡もこの周辺に点在する城跡(海老手城など、、)と同様に山名氏の傘下にあったとは思われるが、当然秀吉による但馬攻略軍によって落城あるいは投降したものと察せられる。城史に関しての詳細は不明
城跡へはルート図あるいは概念図の如く「福田」交差点で針路変更後、集落西最奥にある住宅までは直進、その横をかすめて進めば自ずと登城道でもある墓参道に合流する事が出来る。住宅地背後からはそのまま道に任せて上り、集合墓地に到達後は尾根上を北進すれば、主郭までは10分程度で難なく辿り着く事が出来る。(車は交差点直ぐ西側の小川の流れる側道付近に空きスペースあり)
現状(六月)城跡はこの時期にも関わらず雑木密生状態までには至っておらず、それなりに動き回れる事を考えれば比較的ましな状態と言えるかも知れない。ただ低い下草は登城道から墓地を過ぎれば、南郭群から主郭にかけては地表も見えないほど蔓延っているので、細部における地表の変化から遺構を判別するのは非常に困難な状況にはある。それでも埋もれて判別し難い二連に見える堀切跡(縦堀は明確に判別可能)は判別可能でもあり、主郭の南壁を巡る土塁と共に城跡唯一の見所となっている。主郭より北側には細い土塁道が櫓台とも言える北出郭の大土塁(推察)に向いて繋がっている様だが、視認による外見からの確認だけで、密生する雑木藪の為に出郭内部まで踏み入る事は非常に困難でもあり、踏破して広さ(土塁上から見れば相当広く見えた)などを体感する事は叶わなかった。
城跡の規模は小さいが明確に判別出来る土塁、直立に近く削られた主郭の切岸、縄張り変化には富んでいないが、住宅地が城跡直ぐ傍まで迫りながらもこれだけの遺構残存度、以上の点を踏まえれば見学する分には充分なものでもあり、10分足らずで主郭まで到達出来るお手軽さを加味すれば、自ずとお薦め出来る城跡と言う事になろうか、、、400年前後に渡って厳しい風雪を凌いで来た、主郭南半分を巡る土塁は一見の価値のあるものとみた!











コメント