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2009年6月 6日 (土)

上鉢山城跡(兵庫県豊岡市)

城跡は豊岡市上鉢山にあって、既にリポート掲載を終えている三開山城から見れば下鉢山城跡を間に挟んで真南側に位置しており、切り通し(堀切道)を挟んで単独で二つ並んだ西側の低山の山上が城跡にあたる。田和豊後守の居城を伝えるが詳細は不明

城跡へは三開山城と同様に国道426号より北上し、加陽城跡の望める「五条大橋東詰」の交差点を右折東進、後はほぼ道任せのルート図通りで城跡進入口となる神社までは難なく辿り着く事が出来る。車は神社に向う手前に公民館があるので、その敷地を借りて停めれば良いのではないかとは思われ、そこから歩いて切り通しに向かい墓参道から墓地を経由して上れば、公民館からは10分もかからず山上東郭までは到達可能である。

現状(五月)城跡は藪化は進行中にあるが、郭移動は容易く、見通しは悪いが遺構の確認に差障る状態までには至っていない、とは言っても特筆に値する見応えのある遺構が存在している訳ではないので、山城としての雰囲気は充分味わう事が出来る範疇にあるとだけ思って頂ければよい。概念図に示した範囲が城跡の縄張りと見受けられるものであるが、郭跡、郭切岸が当時の遺構として確認出来たものである。西出郭に向う移動尾根上にも食い違いの片堀切跡らしきものが窺えたが、判別は非常に難しいのが現状でもある。主郭南側の集合墓地の敷地も本来は縄張りの一部として郭跡に見えなくも無いが、これは見学者の判断に委ねられる。尚、切り通しを挟んで東に位置する社殿のある山上も東出郭として縄張りの一部の様にも窺われたが推察の域は出ないものである。

城跡を評価すれば自分の予想した以上に規模は大きく(主郭の東西は50m以上)、本郭群はほぼ四郭から形成されており、更に西出郭削平地まで城域とすれば、充分砦の域は出ているようには感じられた。田和氏がこの山城でどの様な役を担っていたかは知る術も無いが、後でリポート掲載の予定にある下鉢山城とセットで同日訪問すれば、何とか充実した山城巡りと成り得るのかも知れない。

1route_2 登城ルート

5_1 城跡遠望

3ka 城跡概念図

6tozanguti 進入路

8_kiritoosi 切り通し

12_shukaku_heki 主郭東切岸

14_shukaku_2 主郭内

18_nisi2 西郭

20_horikiri 片堀切か?

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