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2009年6月 5日 (金)

高嶺城跡(山口県山口市)

城跡は山口市上宇野令にあって、山口県庁あるいは山口大神宮の真西側に聳える鴻ノ峰山(標高338m)の山頂に位置している。当時西国に於いては権勢を欲しいままにした大内氏の居城であり、大内氏最後の当主でもある義長が毛利氏の侵攻に備えて築いた規模の大きい山城でもある。当時臨戦中の事でもあり完成までには至らなかったと聞くが、結果的に毛利の前には成す術も無く城を明け渡して西に退去し、やがて大内氏は滅亡の一途を辿る事になる。大内氏「最後の砦」と言った表現がピッタリ当てはまり、悲哀に満ちたロマン漂う山城と言えそうにも思われる。城跡はその後毛利氏によって改修の末に完成されたと伝わっており、おびただしく残る石塁などは大内側からすれば臨戦態勢中でもあり、石垣などは到底築く余裕などは無かったはずとも察せられ、当然毛利氏による普請である様には感じられたが、、、

城跡へは山頂近くの電波施設までは車で上れる(二、三台駐車可)ので、ルート図を参考に木戸神社あるいはメガネの「三城」を目指せば高嶺城登山道でもある車道進入口までは分かり易く到達出来ると思われる。東麓に位置する山口大神宮からも歩きによる登山道はあるらしいが、比高約230mを考えれば城跡見学を目的とするだけなら、当然車で上ったほうが効率は良いだろう。

1route1 登城ルート

Enbou 東より城跡遠望

3x 現地縄張り図

現状(七月)城跡は訪問時期的には恐らく最悪とも見受けられ、延び放題の下草(夏草)で細部に渡る地形の変化などは読み難く、当然残存遺構の判別確認も多少ではあるが難渋する状態にある。しかしながら山上に於いては特筆するべく技巧を持ち合わせた複雑な遺構も見受けられない為に、現状見学に差障るまでの状況までには至っておらず、木々が少ない事からも見通しは良いので、主郭を取り巻く石塁は全て見学出来る状況にはある。郭を分断する堀切(空堀)などは設けられておらず、見所は山上の地形を生かした縄張りプラン、あるいは前述の主郭壁随所に窺われる広い面積で残存している石垣跡と云った処になるとは思われるが、この石垣跡は高低差を伴うものでもあり相当な見応え感じ取る事が出来る。国指定史跡の山城でもあり当然遺構残存度は高く、山口県内でも有数の規模を誇るものでもあり、推奨に値する城跡である事は確かである。

Ninomaru1 二の丸

Shukaku_koguti2 主郭虎口石段見所

Koguti 虎口側石塁

Shukaku 主郭内

Isigaki1 Shukaku_1 Shukaku_heki_isi Shukaku_isigaki 主郭を取り巻く石塁見所

尚、電波施設の東側にも数段にも渡る郭群が現地縄張り図には記載されてあったが、現状此方側は下草も多く、雑木も密生している為にとても見学出来る状況にはなかった。冬季訪問ともなればこの限りではない様には見受けられるのだが、、、

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