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2009年6月 1日 (月)

壬生城跡(広島県山県郡)

城跡は広島県山県郡北広島町壬生にあって、別名高峰城とも呼ばれ壬生氏の居城と伝わり毛利氏によってやがては滅ぼされたと聞く。

城跡へは中国自動車道「千代田」ICが最寄の乗降口、ICからは県道5号よりルート図の如く壬生神社を目指せば分かり易く到達出来、社殿の山手側にある集合墓地奥からは遊歩道が山上主郭までは通じているので迷わず辿り着ける。

現状(四月)城跡は「つつじ祭り」の最中でもあり、山上主郭を除けば郭跡全てがつつじの花や葉で満遍なく覆われており郭形状は掴み難く全体像も拝める状態にはない。もちろん城跡全体が公園化されているので本来の郭跡ですらどれだけ原形を留めているのかは想像も付かない状態にある。主要な郭転用地には休憩用デッキが備わっている事からも、当然造成整地の上で改変があったものと見受けられ、現状から当時の状態に思いを馳せる事は非常に困難でもある。山上郭群は小規模でもあり、現状見る限りにおいて明確に判断出来る遺構は郭跡だけだと言ってよいかもしれない、堀切らしい箇所、あるいはの丸においての土塁などは当時のものかも分からないが、素人目の遺構判断は非常に難しいのが現実でもある。

公園化されているので山上からの眺望も利き、当時の風情を味わう程度の史跡見学として赴くならば充分納得の行く見学は出来るものと思われるが、遺構の醍醐味あるいは縄張り妙味などを求める山城ファンに於いては、決して期待をもって臨まない事が肝心と思わる城跡の様に感じられた。

2_3a

2_3 現地案内板より

3mi2 城跡概念図

8_naka 山上中郭

15_3amru_gedan 三の丸下段

17_2maru 二の丸内

17_2maru_1 多聞寺

20_shukaku_2 20_shukaku 山上主郭

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