仏清城跡(兵庫県豊岡市)
城跡は豊岡市但東町畑山にあって亀ヶ城を居城とした太田氏一族の一人でもある羽尻左馬助の居城と伝わっており、亀ヶ城の東を抑える東出城(支城)と呼べるものでもある。
城跡へは西に位置する岩吹城あるいは亀ヶ城を起点すれば分かり易く、そこから更に東進し国道482号沿いにある「下畑山」バス停を目印として向かう。バス停手前の橋を左折して渡れば直ぐ右手にプレハブ作業小屋が数棟見えてくるが、その間から今回直登山口とする稲荷神社に向けては参拝登山道が通じているので、迷わず社殿までは到達出来る。社殿手前からはどこからでも取り付きやすい場所を探して、東に向いて緩い斜面を直登すれば山上郭群には難なく辿り着く事が出来る。(橋付近からの所要時間は20分程度)
現状(五月)城跡は全域にかけて植林地となっている為に見通しも良く、ある程度全体像が視認出来るので縄張りなどは把握し易いが、地表はほぼ低い熊笹で覆われている為に、細部における地形の変化(土塁)までは視認し辛い状態にある。ただ城跡最大の見所でもある凄い高低差を誇る大堀切は非常に状態が良いもので、幅もあり相当な見応えを感じる事が出来る。城跡の形態としては東西200~300mに渡る山上に、ほぼ三郭で形成されたものであるが、主郭の規模の大きさからしても支城として充分相応しいものと言えそうである。縄張り変化には富んでおらず、見る分には非常に大味な気がしないでもないが、他の但東地区にある小規模な山城からすれば随分醍醐味は感じられた。
概念図に示した部分が遺構として現状確認出来たものであり、一面を覆う熊笹の為に土塁あるいは埋もれた空堀などの様に、細部における地形変化から遺構の判別確認は非常に難しいのが現実でもある。尚、南北斜面上も笹に覆われている事から踏破はしておらず、残存遺構(空堀など)はこの限りではないのかもしれないが、、、。個人的には本城あるいは岩吹城とセットで同日訪問とすれば、充分充実した山城巡りが出来るのではないかとは思えた。
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