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2009年5月25日 (月)

浅間小城跡(兵庫県養父市)

この城跡は先にリポート掲載に及んだ浅間城(本城とみた)からみれば支城あるいは出城機能を担ったものかも分からないが、お互いに隣接する事からも佐々木氏の持ち城としてまずは間違いのない処か、、、ただ秀吉の但馬攻略軍の軍門に下った歴史から考えれば、畝状縦堀群の設けられた此方は改修が施されていない様に見受けられたが、浅間城の方が分厚い櫓台土塁、深い堀切(空堀)、武者隠しなどが備わる事からも、多少秀吉側における改修があったものと推察して良いのかも知れない、もちろん個人的推察の域は出ないが、、、

城跡防備としての主郭東西に於ける斜面に掘削された畝状縦堀群は、山名氏関連の城跡(鶴城、三開山城など他の但馬地方の山城でも多々見受けられる)ではさほど珍しくはないが、小規模ではあるが優れた縄張りプランを想像させるものでもあり、現状(五月)相当な風化あるいは付近の土砂の流失などによって、肝心の縦堀の深さは失われているが判別確認は充分可能となっている。既にリポート掲載に及んだ同じ町内にある「大江堀城跡」とも畝状縦堀群で相通じるものはあるが、規模あるいは残存度、残存状態で此方が若干劣っている様には感じられた。現状城跡の状態も悪くない事からも、概念図に示した少ない遺構群(縦堀の本数はおよそ)はほぼ判別確認出来る状態でもあり、浅間城でも触れた様に、二城同日訪問によって形態の違い、縄張りに施された工夫あるいは技巧を推察しながら楽しんで頂きたいと思うのが本音でもある。

1route 登城ルート

6 進入口

3a 城跡概念図

11 北郭群より主郭側

14_karabori_dorui 空堀と方形土塁郭

16nisigawa_une_1 西側畝状縦堀見所

24_higasigawa_une 東側畝状縦堀見所

23_gedan_yori_shukaku 主郭

22_kita_gedan_1 主郭北下段

19_minami_horikiri_1 南堀切見所

城跡へは浅間城と同様に、浅間地区に入ればルート図に示す付近にあるオレンジ色の屋根が目印となる「浄化センター」を目指せば分かり易く、付近の空きスペースには路駐も可能である。そこから川を挟んで東側に見える北に突き出た尾根先端が城跡でもあり、位置を確認すればルート図に示す墓地を目指して川沿いの農道を歩き、橋を渡れば直ぐ墓地脇の獣避けフェンスまでは到達出来る。フェンスを開閉すれば、どこから取り付いても直登5分程度で山上主郭には到達出来るが、山上主郭には朽ちた祠がある様に、祠南背後の堀切跡からも山道が参拝道として東側に繋がっていたのかも分からない、、、

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コメント

武田です taku様ご返信ありがとうございます。taku様が現在発信されております城郭概念図はとても素晴らしくみやすくさらに説明やアクセス方法もとても分かりやすく、これから山城へ訪問される方々や今まで山城を訪問されていた方々にとても訪問に助かる内容となられております。しかしながら誠にこの様なことをコメントさせて頂くのは恐縮極まりないのですが、どうしてもこれから山城を訪問される方々の大多数がtaku様も説明なされている兵庫県の岩尾城 金山城 京都府の周山城 広島県の新高山城などの有名な山城へしか訪問されていないのが事実でありまたそのような有名な山城からまずは多くの人に訪れていただけばtaku様が発信されるマイナーな城へも皆様の足も向かわれると思われます、しかし有名な山城と言えどその知名度に対して訪れて頂く方は少しずつ増えてはおるもののまだ多くはないのが現状です。古い文献や縄張り図はこれから山城に訪問される方々には見辛く入手しにくくtaku様の城郭概念図は見やすく説明も分かりやすいのも現状です。もちろん地域としてはtaku様がご自由に選定されるのがよいと思われます。是非とも有名な山城の説明城郭概念図をブログ掲載していただき城郭啓蒙活動に一石を投じられるご活躍を心よりお願い申しあげます

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