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2009年4月13日 (月)

天ヶ城跡(福井県小浜市)

この山城は小浜市羽賀にあって、羽賀寺の真北に聳える標高266m(比高250m)の現在でも当時でも人馬も寄せ付けないほど急峻な山の山上に位置しており、山頂まで上る登山道(道自体は藪漕ぎがないので助かるが、およそ登山道とは呼べない)はあっても、ほぼ自然任せの良く滑る尾根急斜面を這うようにして上らねばならず、相当な体力を消耗する為に最初に登山する覚悟と準備(スニーカーは禁物!)が必要でもある。休まず上れば30分で山頂を極められるが、山頂櫓台に佇めば登山の達成感も遺構見学の醍醐味あるいは満足感の両方を手にする事が出来るものと思われるので、足腰に不安のない方は是非トライすることをお薦めしたい城跡でもある。戦国期においては内藤氏の居城が伝わるが詳細は不明

城跡へは先にリポート掲載を終えた丸山城を起点にすれば分かり易いが、そこから北へ向いて僅か直線で2kmの距離でもあり、登山口となる羽賀寺を目指せば難なく辿り着ける。登山口の道標は本堂東側にあるが、祠を経て山上までは前述の登山道で登れるので迷う事は無い様には思われる。個人的には何時もの様に山城を体感する為に谷沿いを直登したが、途中余りにも急斜面でもあり堪らず登山道側へと合流した、しかし此方も直登以上に激斜面であり大して厳しさは変わらないものだったが、、、

現状(三月)城跡は高低差の少ない四郭で形成される山上本郭群の状態は比較的全体の見通しも利く事から山城としては良い部類に入るが、北側の最高所にある櫓台より北側の尾根上の規模の大きい郭群は相当藪化も風化も進んでおり、地形から何となく土塁の高まりなどが判別出来る程度で、最北に位置する広大な郭に至っては風化によって郭境は相当曖昧になっており、土塁の高まりは窺えるが郭構成に関しての判別は不可能な状態にある。城跡の見所としては概念図に示す二重堀切を含めた三箇所の堀切群が真っ先に挙げられるが、櫓台北斜面には二重堀切までは現状ロープが備わるほどの高低差があり、防備する上での本来の切岸を充分体感する事も出来る。険峻極まりない山上に築かれたこの山城の佇まいは、戦国ロマンに浸れる事は請け合いでもあり、地形あるいは縄張りを含めた全てが見所と呼べるものである様な気はする、、残存遺構が目白押しの山城ではないが、自分と同様に険峻な山上にある戦国期山城が好きな方には是非訪問をお薦めしたい物件の一つでもある。

1route 登城ルート

3ama2 城跡概念図

11_horikiri_dobasi_3 南側堀切土橋見所

12_kaku4_2 山上郭4

14_koguti 西虎口

18_kaku2_heki_1 山上郭2より櫓台

23_kaku1_yagura_4 最高所櫓台

26_higasi_horikiri_dorui_2 東斜面堀切見所

30_kita_2jyuu_horikiri_2 北二重堀切見所

36_hokuseikaku_dorui 北西郭の土塁

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