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2009年4月24日 (金)

右田ヶ岳城跡(山口県防府市)

城跡は山口県防府市下右田にあって、山陽自動車道「防府東」ICからは北側に聳えるほぼ岩で覆われた山塊の標高426m(比高約380m)の山上に位置している。「防府東」ICを下りれば目指す登山口でもある天徳寺には数分で辿り着く事が出来るが、基本的には駐車場が完備されていないので、寺院敷地と学校との空きスペースに車は停めさせてもらう事になった。恐らく登山客の間でも人気の高い山なので人の往来も激しく、学校が横にある事から環境を考えて敢えて駐車場は設けていない様には思われたが、、、

Migi 登山口へのルート

2 現地案内板より

6 登山口

山城としてよりも登山客に人気が高い山なので、登山口も麓には幾つもある様には思われるが、ここでは自分の様に遠距離訪問者でも一番登山口として分かり易く、山頂までは最短ルートで無駄なく上れる天徳寺からの登山をお薦めしたい。目指す右田ヶ岳山上主郭へは寺院の西側墓地付近より案内板もあるので登山口は分かり易いとは思われる。山頂主郭までは約80分は要する時間も距離もたっぷりかかる道程ではあるが、道中における周囲が見渡せる素晴らしいロケーション、岩だらけではあるが藪漕ぎのない登山道、あるいは巨石岩盤に掘られた磨崖仏なども見学しながら上れ、自然との触れ合いを楽しみながら道に任せて上れば、それほど距離も時間も感じる事は無い様には感じられた。

今回はスタート時間も遅く山上でゆっくりくつろげる余裕も少なかった事から、残念ではあるが案内板での情報による三峰(東、中、西)に跨る城域の全て踏破は出来なかったが山頂主郭までは到達する事は出来た。案内板の説明にいささか問題があるとは思われるのだが、地形から考えても現実に山頂に佇んで見ても、城跡は南北の峰に渡っているものであり、東側と西側は絶壁地形で郭跡の展開などはあり得なく、現状の案内説明を見る限りでは今回自分自身が見て回った範囲が城跡のどの部分に当たるのかは見当が付かないでいる状況でもある。恐らく小規模な山上最高所が主郭(本丸)と見て良いのであろうが、南北に渡る全ての峰を踏破した訳ではないので確信は持てずにいる。今回概念図に示したものは最高所を主郭としてみた場合のものでもあり、現状における城跡の見たままを描いたもので、広い面積で石垣跡も窺われたが当時のものかどうかは当然判別は不可能、堀切などは当時の遺構として良いのであろうが、文献などでは削平地のみとしてある事からも、遺構としての素人判断は困難と相成っている。しかしこの山城の見応えであり醍醐味は、ほぼ全て岩盤あるいは大岩で覆い尽くされた山城の佇まいそのもの言っても過言ではなく、天然の要塞の如しこの山城には山上主郭だけの訪問ではあったが充分すぎるほどの感動を味併せてもらった。山上に佇んだ時のこの情景は正に天空の城と呼ぶに相応しく、戦国期の形態を今に伝える山城としては登山の楽しさも味わえる数少ない有数の城跡と言えるのではないだろうか。未訪に終わった別峰も機会があれば必ず踏破してみたいと思うのであるが、遠距離訪問である事を考えれば再訪が何時になるのか分からないのが現状でもある。

3a 山上郭の概念図

27 城跡遠望

36 石船山

70_gezan

南側

41_horikiri_1 堀切(分岐地点)

46_shukaku_minami_gawa_1 主郭南側

47_shukaku_nai 主郭内

58 東斜面側

62_isigaki 石垣

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