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2009年4月16日 (木)

岩掛城跡(奈良県天理市)

城跡は奈良県天理市山田町下山田にあって、廃校を利用した山田公民館の西背後に迫り出した尾根先端上に位置している。別名山田城と呼ばれる様に山田氏の居城を伝えるが詳細は不明。

城跡へは阪神側から向う場合西名阪道「福住」ICが最寄の乗降口、国道25号を経由して県道47号へ進入すればルート図の如く道路沿いにある山田公民館を目指せば分かり易い、駐車スペースは充分あるので公民館横からはそのまま民家横を通過して西側沢沿いの畑地横を通過、後は概念図に示す登山口から東小郭を経由して上ることになるが、途中からは山道はないので植林地斜面を直登すれば主郭までは数分で到達出来る。

現状(10月)城跡は植林地となっているので郭内は比較的見通しが利くが、下草(低い笹)は相当蔓延り西郭は全て笹で覆われ、主郭は一部竹林地となっているので細部に渡る確認は困難な状況にある。しかし城跡を形成する主だった遺構群である堀切、下から見上げれば20mはあろうかと思われる高低差のある切岸、郭壁に残る石垣跡などは外見から充分確認出来る状態にあるのでほぼ満足の行く見学は出来る様には思われる。中でも最大の見所は西郭背後に掘削された堀切で、高低差は10mはあろうかと見受けられるもので主郭を分断する中央堀切と並んで相当な見応え感じる事が出来る。垣跡は下草から覗いているものだけでも堀切壁あるいは主郭壁に数箇所確認出来る事からも、主郭外壁は全て石垣で覆われていた様にも見受けられる。奈良県下の城跡には比較的高土塁を周囲に巡らせ防備したものが多いが、この城跡に高い土塁が見受けられないのは推察ではあるが高低差のある切岸と相俟って石垣で周囲が固められていたからであるとも想像出来そうである。尚、個人的には石垣跡を当時のものとしたが、確証はないので見学者が自由に見たままを判断するのが一番適切である様に思われる。

大規模な城跡ではないが高低差を伴う堀切と聳え立つ様な郭切岸は、訪れる者の期待には必ずや応えてくれるものの様には思えた。

1route 登城ルート

4_2 城跡進入路

I 城跡概念図

16_shukaku_nai_1 主郭

19_kitaheki_isi 主郭北壁石垣跡見所

21_nisi_daihorikiri_1 主郭西堀切見所

22_horikiri_isi 堀切石垣跡見所

30_2jyuubori_dorui_1_2 主郭東片堀切土塁

34_nisikaku_3dan

西三段郭

41_kita_karabori_dorui 西端堀切北側斜面

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奈良県の山城跡」カテゴリの記事

コメント

ご参考にさせて頂き、先々週岩掛城址を訪れました。
一部石塁、土塁ある主郭。更に奥には大堀切が出現。びっくり。土塁を越えると郭あり、更に奥にも大堀切。マイナーかもしれない山城ですが、廃墟さ充分で迫力満点で満足しました。そのあと馬場城址(私は2回目の登城)。ここは分岐点にこの地域にしては珍しく説明版あるのですが、この城が岩掛城址の支城の存在であったことも遅ればせながら知り、勉強になりました。大変ありがとうございました。

TAKUです、ヒデさんコメント拝見させて頂きました。
岩掛城も馬場城も自身にとっては非常になつかしい山城となっておりましたが、感動を共有できて非常に嬉しく思っております。お陰で五年前まで記憶を遡る事も出来、登城した当時における新鮮な気分を再び味併せて頂きました。奈良県内における山城の登城の多くは、ブログを開始するまでのもので、未だ再訪も叶わず現況報告するまでには至っていないのが残念なところですが、再び訪れてみたい気持ちにさせられた次第です。 
これからの城跡巡りは私にとってもヒデさんにとっても非常に楽しめるシーズンとなりますが、再び感動を共有できる山城に巡り会えれば幸いに思います。

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