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2009年4月 8日 (水)

堂ノ庭城跡(京都市北区)

城跡は京都市北区鷹ヶ峰城山にあって標高480mの山頂に位置しており、文献によっては明智氏の築城ともあるが詳細は不明。

城跡へは京都市内に入れば通称「千本通り」より北上を続ける、そのまま北上直進すれば鷹ヶ峰地区より自ずと目印としての京見峠(京見茶屋)までは到達出来るが、そこを通過して少し北上すればルート図の如く氷室地区へと右折(道標あり)すればよい。城跡への進入口は概念図に示す様に二箇所あるので、どちらから上っても車を降りて5分もあれば山上主郭までは到達出来る。東側の進入口の方が某独歩会による緑のタグもあるので分かり易いとは思われるが、、

現状(三月)城跡は藪化も相当進行しており、全体の見通しが悪いので歩き回る事で城跡の規模あるいは遺構の判別確認を余儀なくさせられる状態にあり、更に人の手がほとんど入らず荒れ放題と化して長年の風化によって郭境も曖昧になっている。現状当時の遺構として確認出来た範囲では主郭周囲に廻らされた空堀土塁(一部二重構造)、櫓台に見えた土塁壇、空堀の仕切り土塁などが挙げられるが、空堀などは地表風化によって明確な判別は難しく、窪地として捉えた場合に恐らく空堀だろうと判断出来る程度だと思って頂ければ良い。概念図におけるものが独自で判断した遺構群であるが、城跡に二重空堀以外ではそれほど手の込んだ技巧的な遺構が見当たらなかったので、他の部分は見学者による判断任せとしても良いのではないだろうか。山上は単郭構造の縄張りでもあり、遺構の見応えを求められれば返答に少し困るが、山城の醍醐味は市内(現在は無理だが当時は一望出来たはず)を見渡せるこの険峻な山上に築かれた事実、あるいは外見から望める山容などから味わう部分も含まれているので、仮に光秀が築城に携わったものとすれば余計にロマンも広がって別な意味で城跡を楽しめるような気がするのである。

城跡を個人的に評価すれば「この山城に遺構の醍醐味を期待してはいけない」、と言う事になるのだが、標高480mの険峻なる最高所に築かれたこの事実こそが山城の存在感でもあり、城跡を語る上あるいは見学する上での更なる値打ちだとも思えるのである。

1 登城ルート

5_tozanguti 進入口

3do 城跡概念図

15_shukaku_1 主郭内

11higasi_kuboti 東側窪地

13_higasi_dorui 土塁

21_kita_gawa_yagura 北側土塁壇

22_kita_karabori_dorui 空堀土塁見所

24_kita_obi 北側帯郭

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