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2009年4月25日 (土)

吉原山城跡(京都府京丹後市)

この山城は訪問(四月)結果から先に述べれば、事前予想を遥かに上回る規模、そして山城にしては非常に整備保全状態が良く、山上における郭跡も含めた遺構はほぼ全て判別確認可能であり、尚且つ現状これ以上は望めそうにないほどの残存状態を誇っている。山城としての起伏に富んだ縄張り形態は見応え充分でもあり、縄張り妙味にも尽きる事なく見て回る事が出来、更に高低差のある直立に近い切岸、深さを伴う空堀などの遺構の醍醐味は余すことなく味わう事が出来る、正に推奨に値する素晴らしい山城であると断言出来そうにも思えた。

1route1 登城ルート

2g 現地案内板より

4 登山口

3yo

城跡概念図

城跡は京都府京丹後市峰山町吉原にあって県道17号沿いにある法務局(支局)を目指して進行すれば分かり易く、県道を北上し法務局を少し過ぎれば左手側に道標も設置されているので左折すれば終点の区民館に到着出来る。ここに車は駐車可能であり、いて大手道経由で東郭群、三の丸、二の丸、主郭から下山時に南側に位置する善明砦までを押えればほぼ山上の主要郭群は見学した計算にはなる。

尚、本来城跡へは車道でも行けるのであろうが、現状写真にある様に通行止めとされており、車でどうしても上りたい方は農林課まで連絡が必要であるとの事が立札に記されてある。しかしこの山城は麓から遊歩道で歩いて上って尾根上の郭跡(削平地)なども見学し、縄張りなどを頭に描きながら個々の郭の機能などを推察すると余計楽しめそうにも感じられる。地形図から察しても今回は車道で麓から上って行く南、あるいは南東尾根側にも充分郭の展開は予想され、本郭群でさえこれだけの規模を兼ね備えているのなら当然三方尾根上まで縄張りは跨っている様にも感じられるのである(未踏に終わったが、、)。この山城は一色氏滅亡後、細川氏によって規模の大きい二の丸あるいは三の丸が設けられたと案内説明板にはあったが、一色氏時代の山城は二の丸、三の丸を除けば規模はそれほどでもなく、最高所に位置する主郭も櫓台程度の小規模なものなので、案外建部山城を一色氏本城とした場合、当然此方は支城とすれば充分過ぎるものであった様にも窺われた。

13_higasi_demaru_1 東出郭

15_higasi_karabori_4 東大空堀見所

20_yagura_yori_3maru 三の丸

29_2maru_1 二の丸

32_karabori 西空堀

36_shukaku 主郭

52_toride_heki 善明砦見所

現状遊歩道に任せれば少なくとも前述の見応えのある遺構群はほぼ良い状態のまま見学が可能でもあり、この整備状況から察すれば四季を問わず充分城跡を楽しむ事が出来そうに思える、更に戦国期山城から徳川時代(登山口付近には峰山城、京極氏陣屋跡がある)にまで跨る遺構まで見学する事が出来るので、遠距離訪問でない方は当時に思いを馳せながら、じっくりと見学すれば更に値打ちが増すのではないだろうか。

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