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2009年4月14日 (火)

達城跡(福井県大飯郡)

城跡は大飯郡大飯町尾内にあって代々本郷氏の居城と伝わるが、当時若狭守護職でもあった武田氏の滅んだ後は他の若狭の国人衆と同様に織田方に加わった模様、詳細は不明

城跡へは小浜から高浜の東西を通過する国道27号を走れば「本郷」交差点より県道1号へ針路変更、その後はJR「若狭本郷駅」を目指すのが一番分かり易く、駅前の道路を通過しながらルート図の如く進行すれば、橋を渡り登山口にあたる浄眼寺辺りまでは難なく辿り着ける。橋の袂から上れる神社のある小山は既に北出郭と呼べる縄張りの一部でもあるが、此方からは最高所が寺院の居住空間となっている為に通過して山上まで上る事が出来ず、写真に示す浄眼寺西手前の民家脇にあるカーブミラーを目印としてその先を曲がれば竹林地を抜ける山道が山上まで通じているので、自ずと出郭背後の二重堀切までは到達出来る(荷物運搬用モノレールが丁度縦堀に沿って備わっている)。車は地区で利用されている様にも思えた空き地が寺院付近の道路脇にあったのでそこに停めたが、利用出来る確証はない。

現状(三月)城跡は主郭南側に風化によって荒れ放題と化している連続する尾根上削平地以外は多少藪化は進行しているものの、概念図に示した遺構はほぼ判別確認可能な状態にある。城跡最大の見所とも思えた出郭背後の二重堀切は現状寺院背後にある為に多少の地形改変は窺えるが出郭壁の高低差が10m近くあるもので、民家のある登山口付近まで縦堀となって繋がっている様は相当な見応えが感じられる。ここから更に南山上に向いて上ればその道中に土塁虎口跡、あるいは段郭群なども確認出来、忠魂碑の建つ主郭までは20分もあれば到達可能である。縄張りとしては北出郭から山上主郭までの斜面、更に南側尾根上にも郭は展開されており、尾根上には現状相当埋もれてはいるが二本の土橋付き堀切を確認する事が出来た(一本は珍しい食い違いの片堀切に見えた)。

Tatu 登城ルート

8_tozanguti 登山進入口

3tatu 城跡概念図

11_dai_horikiri_1 出郭背後の縦堀見所

13_2jyuu_horikiri_dorui 出郭背後の二重堀切見所

23_tyuufuku_kaku_gun_2

中腹の郭群

25_dorui_koguti_2 中腹の土塁虎口

14_shukaku_koguti

主郭虎口

15_shukaku 主郭内

18_horikiri_dobasi_1 南堀切土橋見所

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若狭地方の山城跡」カテゴリの記事

コメント

以前、本の事はお知らせしていたと思い込んでいました。私の友人のT氏は舞鶴郷土資料館を中心に舞鶴の人たちで結成された舞鶴山城研究会にて、舞鶴市(一部宮津市由良、福知山市大江町を含む)の山城の悉皆調査を7年間をかけて行ってきました。私もそのうちの7割位は同行したと思いますが。
その成果を「舞鶴の山城 戦国時代を訪ねる」としてこの度刊行いたしました。
135城を縄張り図付きで紹介しています。
B5版135頁 A2版山城マップ付
売価 1,000円
お問い合わせは
舞鶴市郷土資料館内 小室さん
(℡)0773-75-8836
〒624-0855 舞鶴市字北田辺51番地
初版350部しか刷っていませんので、書店に並ぶことは無いと思います。一度連絡して見てください。

TAKUです、早速のご返信有難うございます。
明日にでも本が入手出来るのかどうか、問い合わせてみたいと思っております。

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