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2009年3月 1日 (日)

幸至氏城跡(三重県伊賀市)

この城跡は名前が語る様に幸至氏の城跡と伝わるが、幸至図書の名が伊賀の乱において見付けられる程度で詳細は不明である。しかし見て回った結果としてはこの城跡に遺された巨大空堀(幅も深さも凄いものが拝める)、その内と外を巡る高低差のある分厚い巨大土塁だけは状態の良い事も相俟って、個人的には今まで見て来た伊賀の城跡の空堀、土塁を遥かに凌ぐものでもあり、他を圧倒しているものの様にも見受けられた。流石に郭内は竹が密生しており見通しも利き難くいが、全体としては比較的ましな部類と見受けられるので是非訪問をお薦め出来る城でもある。形態としては山上に位置する山上郭群(詰城)と麓居館(二郭)で形成される城跡と見受けられるが、山上郭群を併せた規模は比較的大きく、山城の醍醐味も兼ね備えているので見る者を必ず満足させてくれる見応え抜群の城跡と目には映った。

城跡は伊賀市西高倉にあって、阪神側から向う場合は西名阪道「上野」ICが最寄の乗降口で降りればそのまま国道422号を北上する、後は目印となるスタート地点でもある徳楽寺を目指せば迷わず辿り着ける筈である。寺院の駐車場を借用すれば直ぐ北側の池を越えた場所にも浜田氏城があるので、どちらが先になっても散策がてらここを起点として歩いて二城を訪問する事をお薦めしたい(幸至氏城跡の南民家付近には路駐も可能ではあるが、歩きによって二城の立地環境などをより把握出来る)。城跡への進入ルートは図を参考にすれば分かり易いと思われるが二通りある、整体治療院の看板が池傍に見えれば其の玄関先をかすめて池沿いに歩けば自ずと副郭と見受けられる土塁まで数分で辿り着けるし、東側の小さな池傍からでも難なく土塁を伴う郭跡に到達出来る。

1rote 登城ルート

5_1 進入口

3 城跡概念図

現状(二月)城跡は先に述べた様に二郭で形成される本郭内は竹が密生しており見通しも利き難いが、最大の見所でもある巨大空堀(幅があるので移動も兼ねたか?)、巨大土塁側は全体的にも竹が少なく、ある程度全体像まで窺える状態にある。外周を巡る土塁から山上郭群に足を延ばせば風化は激しいが切岸、堀切、埋もれた空堀跡などが窺え、山上郭群も手抜き無く築かれている事を判断する事が出来た。

この城跡を訪問した事によって伊賀における城跡の本来の巨大土塁と空堀の凄さ(凄い土木量)を改めて認識する事にも繋がり、この空堀が自分にとって今後「巨大である」と言える基準(上限)となる様な気もするのである。尚、浜田氏城跡は別にリポート掲載予定

14_fukukaku_haigo_karabori_1 空堀角

28_shukaku_kan_karabori 主郭中央空堀見所

19_shukaku_higasi_karabori 東側空堀

33_shukaku_haigo_dai_karabori 35_shukaku_kita_karabori_1主郭北側空堀見所

23_shukaku_dorui_yori_yagura_1 主郭土塁と空堀見所

31_fukukaku_nai_1 副郭内

46_sanjyou_shukaku 山上主郭

45_horikiri 山上堀切見所

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