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2009年3月 3日 (火)

増田氏城跡(三重県伊賀市)

城跡は三重県伊賀市四十九町にあって「上野総合市民病院」の南背後の丘上に位置している、増田氏の居城と伝わるが詳細は不明。

城跡へは西名阪道「上野東」ICが最寄の乗降口、国道422号を南下すれば上野総合市民病院への標識もある事から交差点は右折、そこからはルート図を参考にすれば迷わず辿り着けるが、城跡進入口となるのは西出公民館東側の民家横の細い山道からで、公民館の直ぐ背後には既に郭切岸が迫っている。公民館に駐車出来るスペースは無いが、車は付近に路駐可能な路肩スペースもあるので、まずそこに停めてから山道に進入しても直ぐ到達出来る距離にある。

現状(二月)城跡はほぼ全域が竹林地となっており密生する雑木竹薮の為に郭全体像の視認には困難を極める、移動に難渋する状態でもないので歩き回れば残存遺構の判別確認はある程度出来る状況となっている。丘上全域がほぼ削平地に近いもので規模も相当なものと見受けられるが、中枢を成す本郭群はほぼ三郭構造と言えるもので郭北背後には全て土塁及び空堀(横堀)を伴っている、中でも目を引くのは最大規模でもある主郭三方を囲む高土塁で、内壁高低差は最大10mに達しそうにも見受けられ、巨大で分厚い土塁は城跡においても圧倒的存在感を誇っている。その西背後に備わる横堀も本来は水堀であったかの如く現在でも多少の水溜まりとなっており、よく見れば更に二重空堀となっている構造が見て取れる。流石に郭内は三郭共に竹が蔓延り視認し辛いが、空堀群は外見からも充分窺える状態にあるのである程度の満足感は得られると思われる。

郭内を歩き回らないと広さなどを体感する事は困難な状況にはあるが、分厚い土塁上からは土塁の巨大さを体感することは出来、空堀も当時より深さは相当失われていると思われるが存在感は抜群でもあり、城跡を語る上においてはまず最初に挙げられる遺構群と言えるものになっている。

1route_3 登城ルート

6_tozanguti 進入口

3ma 城跡概念図

11_fukukaku 副郭内の現状

26_dorui_masuda_bohi 大土塁上の増田氏墓碑

36_dorui_heki 主郭内

33_shukaku_nai_dorui_1 主郭内の土塁構造物

30_nisi_karabori_3 主郭西空堀見所

42_2jyuu_karabori 二重空堀見所46_nisikaku_dorui

西郭土塁

終始竹に悩まされた訪城となったが、高土塁で構築された二城にも匹敵する城跡の規模は想像した以上に大きく、とにかく見応えのある土塁が全てとも言い切れる城跡であるように感じられた。夏季訪問は全体が鬱蒼としており、更に藪蚊が多そうで少しきついかも、、、、尚、増田氏城の西側丘陵先端に位置する中森氏城も同時見学の出来る近距離にあるので概念図に示すルートを参考に見学するのも時間の無駄にはならないとは思える。3n10_dorui_koguti_2

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