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2009年3月21日 (土)

西垣城跡(兵庫県豊岡市)

この城跡は豊岡市への移動も兼ねて頻繁に利用していた国道426号沿いから直ぐ望める山上に位置しているが、かねてより山容及び立地環境などから考えても山城としか考えられず、どうしても確認したい欲望にかられ久々に向う豊岡移動の際に見当だけ付けて登ってみた。結果的に山頂には規模は小さいが山上郭並びに明確に判断出来る素晴らしい二重堀切が南北尾根に横たわっており、興奮を抑え切れずいち早く鮮度の高い情報を掲載するに及んだものである。

城跡は下山後乏しい文献で調べた処、西垣城と言う呼称は判明したが、西垣氏の居城が伝わるだけで詳細に関しては不明である。但東地区は秀吉による但馬攻略以前、古くは太田氏(亀ヶ城主)の支配地でもあり、推察ではあるが太田氏家臣在城の山城であった可能性は高いと想像される。城跡へは国道426号を利用して既に訪問リポート掲載済である沢田城跡を起点にすれば分かり易いが、豊岡市但東栗尾地区よりルート図の如く国道から川を越える、車は酪農場手前付近に路駐可能でもあり、そこから山道に沿って上り、途中から尾根先端斜面に取り付いて急斜面を登れば、20分程度で山上主郭に辿り着く事が出来る。

現状(三月)城跡の北東斜面は全て木々が伐採されており裸状態でもあり、山上に佇めば素晴らしいロケーションも目の当たりにする事が出来る。お陰で北側尾根を断つ二重堀切も全体像を窺う事が出来、山上郭はもちろんの事、麓より望めば裸同然の当時の山城の状態(写真画像にある)に思いを馳せる事も容易に出来る。城跡最大唯一の見所は前述の二重堀切と南側に備わる二重堀切で、長年の堆積物及び風化を差し引いても状態は山城としては申し分のない状態でもあり、ほぼ完存とも見受けられる戦国期山城を充分堪能する事が出来そうに思えた1route_2

登城ルート図

4_1a 城跡遠望

7 進入路

3nisi2 城跡概念図

N_6 主郭の現状

N_8 主郭北側

N_4 北尾根二重堀切見所

N_10 二重堀切1と土塁

N_16 堀切と主郭壁見所

N_29 N_32 南側二重堀切見所

今回は数年来より気になっていた山城跡をやっと踏破する事が出来、おまけに素晴らしい二重堀切にも出会え、これ以上ない感動を胸に仕舞いながらの下山となったが、この楚々とした山城は規模は小さいが当時の雰囲気を残す裸同然の郭壁、及び南北二箇所の堀切を窺う為だけで訪れても、決して後悔する事のない城跡であると自分の眼には映った。個人的にも是非訪問をお勧め出来る山城の一つである。

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兵庫(但馬地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

西垣です。
もう6年も前の記事ですが、楽しく読ませていただきました。
ご先祖様の山城という事で私は父にこの山城のことを教えてもらいました。少なくても私のご先祖様の記録が残っていてうれしいです。

TAKUです、コメント拝見させて頂きました。
この西垣城をリポートさせて頂いてから、既に6年もの年月を経てしまいましたが、訪問における経緯もさることながら、遺構の醍醐味もあり、自身にとっては、この山城は特に記憶に残る山城の一つです。ちなみに戦国期において、西垣信源の在城が唯一記録として残っていますが、この人物は当時但馬地方全域をその勢力化に置いた、山名氏配下の武将の一人と考えられます。
親子二世代に渡ってブログを拝見して頂き、とても嬉しく思うのと同時に、西垣様にとってはルーツとも言える山城を紹介させて頂き、その上お礼の言葉まで頂戴し、満足感で一杯の今日といったところでしょうか。

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