« 菅生城跡(奈良県山辺郡) | トップページ | 鞍掛山城跡(山口県岩国市) »

2009年3月 5日 (木)

相方城跡(広島県福山市)

広島県福山市新市町相方(サガタ)にあって、町の中心を国道に沿って流れる芦田川の南側に位置する低山の山上が城跡であるが、現在山上郭跡には電波施設及び鉄塔が建っているので国道486号を走れば位置は直ぐ確認する事が出来る。古くより成立していた城跡であるが毛利氏支配となるまでは有地氏の居城、現在見受けられる南壁を覆う石垣跡などは毛利氏によって改修されたものである事が、打ち込みハギによる石積み技術によって充分窺う事が出来、毛利氏が防長へ去るまでは少なくとも存続機能していた山城と解釈しても良さそうには思われる。

城跡へは山陽自動車道「福山東」ICが最寄の乗降口、国道182号を経由して国道486号に進路変更、後はルート図の如く佐賀田大橋を渡って城跡を目指せばよい。城跡の中央に設けられた大空堀手前辺りに車は数台駐車可能であり、そこから山上における郭群はほぼ見て回ることが出来る。

現状(四月)城跡は低い下草は蔓延っているが、見所でもある郭南壁面を覆い尽くす石垣跡及び付随する枡形虎口などは明確に見て取る事が出来る。しかし鉄塔の建つ西郭から西側は一面矢竹藪と化しており現地縄張り図に示される堀切は確認し難いのが現状でもあり、登山道脇に窺われる石垣跡を確認しただけに終わってしまった。主郭より東側枝尾根上には木々が少ないので出郭らしき削平地が外見から窺えたが、次の予定も考えれば其の先にある三本の堀切も拝めぬままの下山と相成った。

城跡の最大の見所は前述の枡形虎口及び郭を形成する石垣で、崩落はあるものの現存する石垣を拝むだけで、充分満足出来る事請け合いと断言出来るものでもある。この地方においては城代を置く程度の大名クラスの城でもないのに、これだけ堅固な石垣城を築き上げるとは、余程毛利氏にとってはこの地が重要であったと思うのが妥当な処か、、野面積みではない石垣跡は当時においては先進性を持つものでもあり、個人的には往時の石垣技術を知る上においても一見の価値のあるものと目には映った。ただ城跡を語る上で惜しむらくは、郭内に鉄塔とその施設が建っていることによって山城としての風情が余り感じられない事か、、、

1_sakata_1_2 登城ルート

2nawa2_2 現地案内縄張り図

Sa6_2 西より二の丸

6_yagura_isigaki_2 櫓台石垣見所

12_2 枡形虎口見所

13_2maru_minami_isi_2 二の丸

Sa3_2 M3_2 東郭群石垣見所

11_2maru_yori_nisikaku_2 西郭

Sa4_2 登山道中西郭石垣

« 菅生城跡(奈良県山辺郡) | トップページ | 鞍掛山城跡(山口県岩国市) »

中国(山陽)地方の山城」カテゴリの記事

コメント

山城攻城記です

昨日このHPを参考に相方城にいきました

山の上によくもこんな立派な石垣を積んだな!と思いました

戦国時代も最末期でしょうね

福山は遠いのですが、たまたま行く機会がありましたのでチャレンジしました

TAKUです、コメント拝見させて頂きました。
先日、「山城攻城記」さんのサイトを初めて訪れる事になりましたが、その城史に至るまで掘り下げた充実した内容に、改めて敬意を表したいと思います。
山城に対しての思い入れが私にも充分伝わって来ました。
相方城を訪問されたそうですが、山城賛歌がアシストとして役に立って幸いでした。
あの見事な石垣は非常に値打ちがあると思われましたが、山城の風情を台無しにしている、通信施設だけは余計かな?と思います、、、

そうですね、私も同感です
山の上に行けばこのような施設を目にすることもありますが残念です

もう少し、あの石垣+周りの遺構があればいいのですが郭という郭に電波塔が建っておりげんなりしました

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1070646/27463670

この記事へのトラックバック一覧です: 相方城跡(広島県福山市):

« 菅生城跡(奈良県山辺郡) | トップページ | 鞍掛山城跡(山口県岩国市) »

無料ブログはココログ