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2009年2月 2日 (月)

永井氏城跡(三重県伊賀市)

三重県伊賀市出後にあって集落にある萬像寺より真南側に位置する低山の山上が城跡、永井氏の居城と伝わるが詳細は不明

城跡へは阪神側から向えば西名阪道「中瀬」ICが乗降口、そこから国道163号をしばらく東へ走り大山田地域から県道2号へ右折進路変更する。後はルート図の如く萬像寺(公民館)を目指せば駐車も可能となっているので、到着後そこから真南側に位置する山を目指せば15分もあれば山上主郭までは辿り着ける。

麓進入口からは神社参拝道を経由し、「中出山城」と比定される城跡遺構を見学する事も可能ではあるが、現状においては広大な地域に後世の神社跡の石垣跡、あるいは敷地(郭跡の転用)、郭切岸、大型土塁などが目に留まるだけでどこまでが当時の城跡遺構であるのか、あるいは城域であるのかは判別が非常に難しいのが現実でもあり、案内板も設置されていないので自分の目で見た中で判断するのが一番良いのではないだろうか。

永井氏城跡へはそのまま南に上れば到達出来るが、これは凄い!堀切を越えた主郭周囲を囲む巨大土塁(高低最大10m近い)は言葉にならないほどのもので、当時のままとも見受けられ、ほぼ完存に近い形のものを拝む事が出来る。更にこれだけ見通しが良く主郭を取り巻く土塁全体像あるいは虎口まで拝める城跡は中々他では見当たらないものでもあり、伊賀独特でもある圧倒的迫力の高土塁は周囲を更に空堀で囲み、更に周囲は低い土塁でより堅固に防備されているのが見て取れる。主郭の東西には規模の大きい郭群が麓まで連なっており一見家臣団の屋敷跡とも想像させられ、単郭館城を越えた比較的規模の大きい山城と見受けられるものでもある。

1route_2 登城ルート

4tozanguti 進入口

3 城跡概念図

現状(一月)城跡は下草は相当蔓延ってはいるが、植林地である為に主郭より東側は見通しもよく郭跡(切岸)、石垣痕などの判別確認は容易な状態にはある、しかし西側は郭跡及び空堀土塁跡を含めて相当な雑木藪地となっており、遺構の視認判別は外見からは難しく、多少の藪漕ぎ覚悟で臨まなければ判別確認は出来ない状況下にある。それでも主郭の巨大土塁と堀切は他の遺構の全てを消し去るほどの存在感で迫ってくるものでもあり、個人的にはこの遺構だけで充分満足感には浸る事は出来た。それにしても伊賀地方の城跡は規模は小さいものの分厚い土塁の高さには圧倒されっぱなしで、遺構の見応えにおいてはどれも相当なものがあるのは確かである。

10_kita_kaku_1 北郭

14_kita_dai_horikiri_2 大堀切見所

18_shukaku_kita_heki 主郭内土塁

21_koguti_yori_shukaku 主郭虎口土塁見所

41_nisi_karabori_dorui_2 主郭西空堀土塁見所

32_higasi_gedan_dorui 東郭群2

34_isigaki_ato_1 東郭2の土塁石垣跡見所

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