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2009年2月15日 (日)

館城跡(京都府綾部市)

この城跡は事前に地形図からみても丘城である事が察せられ、丘城であれば鬱蒼とする竹薮が直ぐに想像されたのでほとんど何も期待せずに訪れたが、現状(二月)城跡は低い下草は蔓延ってはいるが竹薮は皆無、生い茂っていたと思われる周りの草木は伐採され、郭切岸などはむき出しになっており空堀は全体像をも拝める状態、全ての遺構は判別確認可能と言った具合で、民家に隣接する丘城としてはこれ以上望めない素晴らしい状態にある。もちろん土地所有者の方によって周囲の木々は最近伐採されたものと思えるが、この時期を逃してはこれから良い状態の保持された城跡見学はほぼ無理とも思え、まだ未訪の方の為にも取り急ぎ訪問リポートの掲載に及んだ。石川氏の居城と伝わるが城史に関しての詳細は不明

城跡は綾部市館町にあって、阪神側から北上した場合国道9号から県道8号を経由し県道9号を北上、自動車道の高架を潜れば道路沿いには目印となるリョウガン寺の道標もあるので右折進路変更後はルート図の如く進行すれば概念図に示す城跡進入口には分かり易く辿り着ける。付近道路(未舗装)沿いには空きスペースもあるので車の駐車は可能でもあり、そこから数mも歩けば城域でもあり真っ先に主郭東背後にある状態の良い切岸と空堀を拝む事が出来る。

1route 登城ルート

6 城跡遠望

3t 城跡概念図

とにかく城跡はほぼ完存とも思える様相を呈しており、郭周囲を巡る空堀に至っては深さの違い、段を違えた仕切り土塁などの様に細部に渡って遺構の判別確認する事が出来、他でも櫓台の分厚い土塁、副郭の薄い土塁などの様に城跡における遺構は細部まで手に取るように窺う事が出来る。見所は小規模ではあるがコンパクトにまとまった城跡全てと言っても過言ではなく、必ずや訪れた者を満足させてくれる筈である。丘城(ほとんど平地に近い)にありながら竹薮の存在しない城跡は関西圏では皆無に近く、農地あるいは民家が直ぐ迫った状況にありながらもこれだけの残存度を誇る城跡が身近にあったとはとても信じられない思いでもある。

コンパクトである為に見学も短時間で済むが、周囲を何度見て歩いても飽きさせないほどの残存度の高い遺構群及び佇まいは正に賞賛に値する城跡でもあり、訪問時期としてはこれから下草や木の芽吹く前までがベストとも予想され、今でも充分戦国期に思いを馳せることの出来る素晴らしい状態の城跡を是非春先までには堪能して頂きたいと思う。尚、東側の丘上(鉄塔が建つ)にも削平跡だけは窺える大規模な郭跡が存在しており、当時城域も主郭を中心として周りの低い丘陵上全域に及んでいたとも推察出来そうである。

8_minamigawa_karabori_2 35_karabori_minamigawa_1 南側空堀見所

34_minami_karabori_sikiri_1空堀仕切り土塁見所

11_kitagawa 北側空堀土塁見所

17_fuku_kaku 副郭内の土塁

20_fukukaku_nai_karabori 副郭内の空堀見所

20_fukukaku_koguti_1 副郭虎口土塁

27_yagura_heki 主郭櫓台

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京都(綾部)の山城」カテゴリの記事

コメント

久しぶりに、お便りします。
舘城に行かれたようですね、舘城は城郭遺構が県道を超えて西に広がっていたようです、舘町の中に土塁の残欠があり、南からみると城に関する切岸と思われる高低差が見られます。
最近は、伊賀市の城によく行かれているようですね、私も1,2月は伊賀市(青山)名張の城に行っています、今回私は天正期の織田氏の侵攻に関連する城と、織田氏により作られたと思われる城(陣城)
テーマにしています。
昨日は、前回にご報告されている「奥ノ谷城」「峯出城」の対岸にある「五日城」を見てきました。
場所は、国土地理院の地形図の”下出”の表記のある山です、伊賀には珍しい山城です。その後に低土塁の10m前後の陣城(間違いないと思います)
が旧街道沿いに3か所作られているのを確認して来ました。「峯出城」には昨日は行くことができませんでしたが、また行ってみたいと思っています。
青色のプレートは、5年前ぐらいは見られなかったと思いますが、最近精力的に行かれているようですね。

TAKUです、お久しぶりです!
ここしばらくは伊賀の巨大な土塁にハマっていましたが、口直しも兼ねて久しぶりに綾部市方面に足を延ばしたら、ラッキーにも館城に出会う事が出来ました。本来なら天候さえ良ければ但馬の技巧的な畝堀を見たいのですが、冬の間は雪が積もっているとも思われるので伊賀攻めはまだ当分続きそうです。しかし伊賀の土塁は分厚く高いものが多く、城跡の規模に関係なく見応えがあるので非常に満足の行く訪城となっています。
五日城に関しては初めて耳にしますが、、自分では地形図を覗きながら山城跡の様にも感じられたので一応地図上にチェツクを入れた処でした、偶然にしてもまさか現実に山城であったとは非常に驚きの限りです。機会があれば訪れてみたいと思っています。

先日綾部市を訪問ついでに、ここも訪問しました。
凄い土塁、空堀に感激しました。
大好きな藪も少なく、主郭に登ると空堀が周囲を一周しているのが丸見え。土塁も見事!

なんだこりゃ!というぐらい楽しめました。地域の土豪の石川氏の可能性が高いようですが、この土豪は相当な財力あったと思いました。

個人的な感想ですが、三重県の昨年12月に訪れた「桜町中将城址」に似ていると思いましたが、こちらのほうが規模は大きいと感じました。
ありがとうございます。

閑話休題
またちょっとしたハプニング。
城址堪能後、レンタカーに戻ったら、何故かタイヤがパンクしていました。幸い、地道とはいえ、平面に駐車していたので、ジャッキアップは問題ありませんでした。
山城巡っているときに過去パンクは4回。留守宅のフィットが一回(長野県)、レンタカーのフィットが1回(滋賀県)、今回のレンタカー(ヴィッツ)はなんと2回目です(兵庫県と今回の京都府)。今回は悪路通っていないので原因不明です。

最近山城巡っていると思わぬハプニング続きで
これまた快感です。
うりぼう、メガネ壊れ事件、財布落とし事件、パンク。

藪城の多い綾部にあっては、すこぶる状態の良い館城跡でしたが、訪れた7、8年前当時を懐かしみながら、記憶を辿らせて頂きました。
現在でも藪が少なく状態が良いとの事、案外そのままが今日まで自然維持されてきたのかも分かりませんね、、、何より見事な土塁が拝めて結構でした。

今回のハプニングはレンタカーでは避けて通れない部分かな、、とも思います。今までの使用者が相当な悪路を走ったと思われますが、タイヤ自身も相当劣化していたものと察せられます。
高速道路走行中のパンクでなかった事は不幸中の幸いでしたね、とにかく事故に至らなくて何よりでした。

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