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2009年2月16日 (月)

龍王山城跡(三重県伊賀市)

三重県伊賀市比土にあって、阿保の中心部より川に沿って西側に聳える台形上の山の山上が城跡であり現在山頂には「八大龍王社」が建立されている、無名に近い山城である事からも、ここに社参拝を目的として訪れても城跡として訪れる者は非常に少ないと察しの付く山城でもある、城史に関しての詳細は不明。

城跡へは名阪国道「上野東」ICが最寄の乗降口、国道422号を南下し「阿保」より国道165号へ右折進路変更、国道を走れば直ぐ目の前に立ちふさがる台形状の山がそれで概念図に示すパチンコ店を過ぎて直ぐ右折、後は道に任せれば社への道標も出ているので迷わず参拝道より山上主郭まで辿り着ける。車は付近に路駐可能

現状(二月)城跡は社周りを除いては冬季にも拘らず相当藪化しており、全体像の視認はまず困難、特に主郭西側はジャングルと化しており密生する雑木によって距離感も掴めず、郭形状あるいは郭内に存在するであろう土塁などの確認も困難を来たす状況となっている。縄張りプランに関してはほぼフラットな山上を削平して築かれたものと思えるので余り郭高低差も無く、ただ広大な面積を所有する主郭のみといった印象が強いが、南郭側には空堀あるいはそれに伴う土塁虎口なども眼にする事が出来、間違いなく城跡遺構は存在している。参拝道中鉄塔北側にも唯一土塁堀切の備わる郭跡も確認出来、谷を挟んだ西側には大手とも窺われる本来の踏み跡道も溜め井戸(池)も窺う事が出来た。自作概念図に示された遺構が現状確認可能なもので、藪化も風化も激しく特に見応えのある遺構は存在しないが、本来の山城としての縄張りプランも大味で余り技巧の用いられなかったものの様にも推察される。山城の形態そのものが丘城の多い伊賀においては珍しいものでもあり、山城としての醍醐味には少々欠けるが、なぜか新鮮なものを自分の中で感じ取る事が出来た。まだ未訪の方にとっては国道沿いでもあり、車を降りて5分も歩けば城跡遺構に巡り合えることからも、移動の際に覗いても決して無駄にはならない山城とは思えるのである。

1route 登城ルート

4 国道より城跡

2_3ry 城跡概念図

11_kitakaku_horikiri_dorui 北郭堀切

18_shukaku_kita_gedan_1 主郭北下段

16_dorui_karabori 東側空堀土塁

23_minami_karabori_2 南郭空堀

25_minamikaku_dorui_kado_2 南郭土塁角

26_shukaku_yasiro_2 主郭石碑

29_mizunote 水の手

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コメント

今晩は、再びお便りします。
竜王山城ですが、土塁囲みの四角の郭が”田の字”形に郭が配置されている珍しい形態を私は確認しました。
社のある北西の郭は道及び社の建設でかなり改変が見て取られました。
また、南西の郭は藪の中だけにかえって土塁が良く残りなかなか見ごたえのあるものでした。
縄張りについては三重県教育委員会の「三重の中世城館」がインターネットで見ることができます。
伊賀の城は仰る通り、低い丘または尾根先を切り込んで高い土塁を作っていることが一つの特徴となっていますが、今回私は低い土塁で構成されている城を(三木、備中高松、鳥取等の織豊系陣城の特徴と思っています)伊賀で探しています。
お気づきの事があればお知らせいただければ幸いです、。

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