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2009年2月20日 (金)

本田城跡(三重県伊賀市)

この城跡は伊賀市柏尾にあって先にリポート掲載に及んだ小鴨氏城とは道路を隔てた真南に位置する丘陵上にある、伊賀の乱に於いて落城の記録が残っており、本田氏を始めとして何名かの士豪が立て篭もった城跡とも見受けられるが詳細は不明。

城跡へは小鴨氏城から歩いても直ぐ行ける距離にあり、写真画像に示す道路造成の為に切岸処理された付近から直登すれば、5分とかからず堀切及び丘陵先端部にある居館とも見受けられる小規模な郭跡に到達出来るが、堀切より逆に東側へ少し上れば本田東城とも呼べる東山上郭群へ到達可能でもあり、丘陵上全域を占める広大な削平地を眼にする事が出来る。一部整地された山上には現在社殿が建立されており、その東側に僅かに残る土塁堀切跡が物語る様に、ここを山上主郭の境として東側へは更に広大な削平地としての郭跡が連続しているのが見て取れる。この様相は伊賀の乱において何千もの兵が立て篭もるには充分過ぎる広さでもあり、対岸の小鴨氏城とも連携すれば更に強大な勢力と成り得たのが想像出来そうでもある。

現状(二月)城跡西端にある三方を土塁で囲まれた主郭は雑木及び竹が多少蔓延ってはいるが規模も大きくないので遺構の判別確認は容易に出来る状態にあり、土塁はもちろんであるが土塁壁底部を支える土留め石、石垣跡まで窺う事が出来る。目に付いた石垣跡は小鴨氏城でも見られた様に川原石を積み上げたもので土塁の補強程度のものと見ても差し支えなさそうには思える。特別縄張り妙味のある城跡ではないので見所を挙げるのに苦労するが、前述の堅固さには程遠い土塁補強石垣は当時のこの地方における石積み技術を物語るものでもあり、見所と言うに相応しいものではなかろうか

先に赴いた小鴨氏城の放つインパクトが強烈過ぎて此方はやや印象が薄いものとなってしまったが、恐らく当時においては機能重視のせいもあって大味な縄張りになったのではないかとも察せられる。小鴨氏城と併せれば二城同日訪問が楽に可能でもあり、充実した山城巡りが出来る事請け合いの城跡と言えるのではないだろうか。

4_1 城跡進入口

3z 3ho 城跡概念図

14_horikiri_temae_kaku_1 堀切手前の郭跡

15_horikiri_3 堀切見所

26_koguti_gawa 主郭南側

25_isigaki_ato_1 土塁底部の土留め石見所

29_dorui_hasi_heki_isi_1 土塁壁補強石垣跡見所

7_sanjyou_kaku_2 東山上主郭

10_sanjyou_horikiri_1 山上堀切跡

12_sanjyou_higasigawa_1 連続する山上削平地

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