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2009年2月 7日 (土)

百地丹波城跡(三重県伊賀市)

三重県伊賀市喰代にあって、この地域は奥氏城、吉田氏城、喰代氏城、上山氏城と特に城跡が密集している地域でもある、其の中にあっては一番名前が有名でもあるこの百地丹波城は青雲寺(郭跡の転用地)の西側背後に位置しており、個人的には年を別にして訪れてはいるが、見所は高低差のある大土塁と虎口程度でさほど印象に残っていないので、訪問リポートの掲載も今日まで随分遅れてしまった経緯がある。

現状(七月)主郭周囲は寺院敷地あるいは農作地と化しており相当地形改変が窺われ、現状を見る限りでは二郭跡のみが唯一往時を物語る遺構として、見学対象となりうるものと見受けられる。主郭虎口南側にも池に繋がる当時の水堀らしき跡が見受けられたが、草木に覆われており判別は難しい状態にある。現地縄張り図には東側の小高い丘上にも郭跡が記載されてはいるが、この草木で覆われた状況ではまず移動も出来ず確認も困難である事が予想された、しかも更に追い討ちをかけるように猿が大量に押し寄せてくる始末(地元の方が遠くから大声で知らせてくれた)で、結局東側は踏破する事は断念した。

個人的には整備されていなくても少々藪状態であっても往時の状態のままを見学したかったのだが今となってはそれも叶わず、城跡としては多少物足りなさは感じられたが、一般見学者にとっては整備(主郭の案内板付近のみ)されている事に越した事はないのでこれでよいのかも知れない。訪問した時期が悪かったせいもあるが、個人的には北側の農作地を隔てて隣接する整備されていない奥氏城跡、喰代氏城跡の方が遥かに城跡としての魅力を感じられた。

尚、喰代氏城跡に向かう冬季訪問(一月)の際にも一帯に大量の猿を見かけたので、なるべく目は合わさないように立ちサルのが一番得策かとは思われる。

1z2 登城ルート

2_1 現地案内板より

3_3 現地城跡縄張り図

5_horikiri_kakud 当時の堀切跡か?

12_koguti 主郭虎口

15_higasigawa_dorui 主郭東側土塁

16_daidorui_1 主郭北虎口側土塁見所

20_horikiri_1 中央堀切見所

23_horikiri_kitagawa 堀切北虎口

26_kakub_nai 東郭

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