« 今井城跡(奈良県宇陀郡) | トップページ | 山村氏城跡(三重県伊賀市) »

2009年2月10日 (火)

掛田城跡(三重県伊賀市)

最初に、この城跡は比較的残存状態も良く山上郭群を併せた規模には相当なものがあり、付近には直ぐ民家が迫ってはいるが遺構はほぼ当時の状態のままであるとも見受けられるもので、残存度は非常に高く、更に見応えのある事からも是非訪問をお薦め出来る城跡の一つである。城跡は富増氏の居城を伝えるものであるが詳細は不明

城跡は伊賀市青山町下川原にあって、阪神側から向えば西名阪道「上野東」ICが最寄の乗降口、国道422号を走り「阿保」交差点より国道165号に進入すれば東進、登城口目印となるのは「下川原」バス停で、そこから東数10m先右手にある自販機の並ぶ民家とガレージの間の細い路地(数m)を抜けて石段を上れば既に城域となる。尚、自販機横辺りには路駐出来る路肩スペースもあるので駐車に気を使う事は無いと思われる。1route_2

現状(一月)城跡は植林地となっているので見通しは利く状態にあり、主郭土塁上などの様に部分的には低い笹や草木の生い茂り地表も見えない箇所もあるが、遺構はほぼ判別確認出来る状態にあると言って良いものである。城跡は居館跡とも見て取れる主郭から山上郭に至るまでが城域と見受けられ、山上には社殿は建立されているが背後は土塁、空堀跡(相当埋もれている)が窺われ、更に東へ削平地として大規模な郭跡が広がっている。数箇所の郭壁には切岸も窺われるので、当時においては麓居舘郭群及び山上郭群の二段構の構造が想像出来るものでもある。5 3k

城跡概念図

見所はやはり主郭回りの遺構で、主郭虎口には櫓門があったかのような見事な大土塁が聳え立ち、土塁底部には土留め石まで眼にする事が出来る、石垣痕は主郭周囲土塁の至る場所で見受けられるので、案外周囲は石垣で固められていた可能性はあるのかも知れない、、ほぼ方形に近い主郭内南隅には土塁で囲まれた天守(櫓台)としての機能を持った、穴倉(8m四方)の様にも窺われる構造物が存在しているが、機能は推察するのみで他に余り類を見ない(伊賀山村氏城にも現存するが、、)ユニークなものでもあり、一見の価値のあるものと目には映った。大堀切を越えれば東郭群と呼べる現在多少傾斜地になってはいるが郭跡が窺え、土塁虎口跡を伴う郭まで存在している。探せば城跡の至る所に土塁が設けられているが、これらは城跡の見所であると同時に堅固さも充分窺えるものでもあり、想像力が掻き立てられ更に縄張り妙味も尽きる事がなく非常に目を楽しませてくれている。伊賀にあってはよく見受けられる方形居舘跡の域を遥かにはみ出た城跡なのである。

10_oote_koguti_he 大手虎口大土塁

11_koguti_temae_dorui_karabori_2 虎口手前空堀土塁見所

15_yagura_isi_1 虎口土塁の土留め石

18_shukaku_kita_dorui 主郭土塁

23_anagura_koguti 穴倉構造物虎口見所

28_dai_horikiri_4 大堀切見所

40_yagura_nisidorui_karabori 主郭西側空堀土塁

35_higasi_kaku_dorui_koguti 東郭群

46_dorui_haigo_yori 山上郭土塁壁

« 今井城跡(奈良県宇陀郡) | トップページ | 山村氏城跡(三重県伊賀市) »

三重県の山城跡」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1070646/27540110

この記事へのトラックバック一覧です: 掛田城跡(三重県伊賀市):

« 今井城跡(奈良県宇陀郡) | トップページ | 山村氏城跡(三重県伊賀市) »

無料ブログはココログ