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2009年2月 7日 (土)

喰代氏城跡(三重県伊賀市)

三重県伊賀市喰代(ホオジロ)にあって既に訪問リポートの終えている奥氏城跡から見れば小川を挟んで北西に位置する丘陵先端が城跡、喰代氏の居城と伝わるが詳細は不明

城跡へは阪神側から向えば西名阪道「上野東」ICあるいは「中瀬」ICが乗降口、県道56号に進入すれば分かり易く到達出来、ほぼルート図の如く喰代集落を目指せば付近には案内道標の設置されている百地丹波城跡もある事から位置関係は把握出来るはずである。小型車であれば奥氏城跡西側小川付近に路注スペースはあるので、そこからは写真に示す進入口より住宅地脇をかすめて上れば難なく副郭までは辿り着ける。尚、進入口はルート図に示される様に北側山道からも可能であり、県道2号線(永井氏城跡側)を利用して北から進行して来た場合はこちらの方が早く城内に進入出来るとは思われる。

現状(一月)城跡はほぼ竹薮となっており全体の見通しは非常に悪いが、移動に支障を来たす訳ではないのでほぼ二郭で形成されるシンプルな城跡の遺構は判別確認が容易に出来る状態にはある。見所として挙げられるのは主郭三方を覆う伊賀特有でもある巨大且つ幅のある高土塁、あるいは主郭の東西を断つ堀切で、土塁の高低差は7~8mはありそうで相当な見応えを感じ取る事が出来る。現状高土塁は堀切を挟んで副郭背後まで延びているが、それより先は直ぐ民家となっているので当時の副郭の形状は見る人の想像に委ねられるのが現実でもある。西側は堀切を挟んで物見と見受けられる規模の小さい北郭跡へ繋がっているが、現状相当藪化しているので郭内に進入するのは非常に難渋を極める。(この郭跡には低土塁は窺われたが特筆するべく遺構はないように思えた)訪問を終えて感じられる事は「流石に伊賀の城跡の土塁は半端ではなく凄い!」という事になろうか、、

尚、前述の百地丹波城跡、奥氏城跡、永井氏城跡と併せて訪問した場合、四城共に移動距離も少なく近距離にあるので個人的には年を別にして訪れたが、効率よく動けば案外同日訪問が可能であるのではないだろうか。

1route_3 登城ルート

5 進入口

3_2 城跡概念図

7_kaku 東副郭

10_horikiri_1 中央堀切見所

12_dorui 副郭土塁

17_shukaku_dorui_2 主郭土塁上

31_shukaku_dorui_heki 主郭内土塁壁見所

32_shukaku_jyoudan 主郭内

19_nisi_horikiri_dorui 西堀切土塁見所

24_horikiri_demaru_e 北出郭へ堀切

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