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2009年2月 4日 (水)

轟城跡(三重県伊賀市)

三重県伊賀市鳳凰寺にあって、付近道路沿いにも案内道標のある「薬師寺」の北背後の丘陵上が城跡、城史に関しての詳細は不明

城跡へは阪神側から向えば西名阪道「中瀬」ICが乗降口、そのまま国道163号を東に向かい、先にリポート掲載の終えた永井氏城跡に向かう為に右折した交差点は県道2号へ逆に左折する。後はルート図の如く一筋目を右折して薬師寺を目指せばよい、車は空き地に駐車可能であり、そこからは写真に示す公民館と民家の小道からすぐ北の丘陵を目指して直登すれば、5分内で土塁に囲まれた南郭には辿り着ける。

1route_3 登城ルート

4a_1 進入口

3_2 城跡概念図

この城跡は防備としての土塁を多用した本格的な土塁城で、到達地である南端郭から北側に望まれる郭跡の東面は全て土塁が備わっており、分厚い土塁から薄い土塁まで明確に見て取る事が出来る状態にある。その西面は主郭切岸壁となっており10m以上はありそうな相当高低差のある郭壁によってより堅固に守備されている。山上主郭は規模も大きく高さは相当失われているが分厚い土塁が周囲を囲んでおり、更に櫓台と見受けられる土塁壇も見て取れる。背後には当然堀切が設けられており独立性が保持されており堀切を挟んだ北側にも更に副郭が備わっている。一文献によれば「轟西城も同じ丘陵を共有しており西に位置する」とあったが、幅も深さも伴う見応えのある大空堀を挟んだ西側の規模の大きい郭跡がそうであるように思われた。空堀側背後は高土塁によって守備され郭隅には櫓台と見受けられる土塁壇が遺されている事からも、まず西城として間違いのない処ではあろう。城跡の見所としては個々の郭跡に必ず窺われる状態の良い土塁、郭切岸、西城との郭境に備わる大空堀、更に西城に至るまでの縄張り妙味も挙げられ、丘陵上にありながらも山城の醍醐味を感じる事も出来、遺構も次から次へと期待を持って飽きることなく見て回る事が出来る。

8_minami_dorui_kaku_1 到達地の南土塁郭

10_dorui_kaku 東大土塁見所

12_kaku 東郭群見所

19_shukaku 主郭内

18_shukaku_dorui_dan_3 主郭土塁壇

21_kitakaku_yori_shukaku_heki 副郭より堀切壁

23_nisigawa_karabori_1 西郭空堀見所

28_nisijyou_karabori_1 西城大空堀見所

29_nisijyou_dorui_1 西城大土塁

現状(一月)主郭回りは植林地でもある事から下草は少なく非常に見て回りやすい状態となっており、遺構もほぼ判別確認可能な状態にあるが、西城は相当雑木に覆い尽くされているので郭跡などは外見から確認するのが精一杯の状態でもある。更に空堀を挟んだ北側も同様な状態にある事からも踏破は無念ではあるが断念に至る。

現地に赴くまでは勝手に小規模な方形館城を想定していたのだが、城跡は規模も大きく予想を遥かに覆すほどの状態(本郭群のみ)にあり、遺構残存度も非常に高いと見受けられる事からも、個人的には充分推奨に値する城跡と目には映った。

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