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2009年2月14日 (土)

奥ノ谷城跡(三重県伊賀市)

この城跡は三重県伊賀市老川にあって、先にリポート掲載に及んだ峰出城跡とは堀切道一つを隔てた南丘陵上に位置している。峰出城でも目印とした二つのカーブミラーの中間辺りより直登すれば直ぐにでも北端の郭跡あるいは堀切(相当埋もれている)に到達する事が出来る。

現状城跡は同日訪問となった峰出城とは比べるレベルにないほど状態は悪く全域が荒れ放題と化している、其の分手付かずの為に遺構残存度は高いと見受けられるが、肝心な主郭全域にかけても雑木あるいは竹が蔓延り、鬱蒼とした状態でもあるので中々良い遺構画像が残せないのが現実でもある。しかし冬季ともあって移動して見て回る分には支障を来たす事はないので、残存度の高い遺構はほぼ判別確認は可能である。

二重堀切によって丘陵上は分断されており、南側に延びる削平された山上郭群を併せれば規模も中々大きい事が分かり、主郭は当然方形居舘跡とみて良いとは思われるが、周囲には土塁が巡り櫓台とも見受けられる大土塁も目に留まる。見所を一つ挙げれば二重堀切ということになるが、大土塁を挟んで深く掘削された様は全体像を窺う事が出来るので、迫力及び見応えは訪問者を必ず満足させてくれるものでもある。特別縄張り妙味がある城跡ではないので見学対象となるのは主郭周りの遺構ということになるが、南山上まで少し足を延ばせば削平地の中にほぼ風化状態にはあるが方形状の薄い土塁で囲まれた郭跡を窺うことも出来る。直ぐ隣接する峰出城との関係までは調べるまでには至っていないが、堀切道を隔ててここまで隣り合わせだと一城別郭とした一族郎党の居城であったとも想像出来るし、当時においては堀切道もなかったとすれば図に示す様に本来は繋がっていた城跡であった可能性も充分考えられる。どちらにしても伊賀においてここまで山奥の辺境の地にある城跡としては規模も大きく、無名に近い一士豪によって築かれた城跡にしては大した城普請でもある。二城併せれば是非お薦めしたい物件と言えるものである。

1route 登城ルート

4 城跡遠望

7_tozanguti

直登口

2z8 3 城跡概念図

13_shukaku_nisi_dorui 主郭西土塁

14_shukaku_minami_yagura 主郭櫓台土塁見所

21_2jyuu_hori_1 24_horikiri_dorui_1 二重堀切全体像見所

23_dai_horikiri_2 二重堀切1

31_nisi_gedan 西郭群

25_minami_kaku_1 南郭

28_sanjyou_kaku_1 山上郭

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