« 高山城跡(奈良県生駒市) | トップページ | 本田城跡(三重県伊賀市) »

2009年2月19日 (木)

小鴨氏城跡(三重県伊賀市)

この城跡は伊賀にあっては珍しくない丘城でありながら、山城的な縄張りプランによって築かれており、縄張り妙味も持ちながら本郭部における遺構残存度及び残存状態は現状を見る限り賞賛に値するものでもあり、是非訪問をお薦めしたい城跡の一つである。小鴨氏の居城と伝わっているが詳細は不明

城跡は三重県伊賀市岡田にあって岡田集落より国道と川を挟んだ南側丘陵上に位置しており、先にリポート掲載に及んだ龍王山城を起点にすれば分かり易く、国道422号「阿保」の交差点は逆に左折、針路変更後国道165号を東進、掛田城へ向うルートでもあり岡田付近から川を挟み南側に鉄塔あるいは稲荷神社の赤い鳥居が見えてくれば、西出郭にあたる城跡の先端部は直ぐ確認出来る。神社の望める国道沿いには充分な駐車スペースがあるのでそこから橋を渡って鳥居を潜り山上を目指せばよいが、逆に出郭を後回しにするのであればルート図に示す墓地側から登れば直接主郭に到達出来る。

1route_4 登城ルート

4_2 城跡進入口

3ko 城跡概念図

現状(二月)城跡は手入れのされた植林地となっているので見通しも利き、雑木下草も少ないので主郭周りに残存する遺構は全て判別確認が容易に出来る状態にある。中でも特に状態の良い主郭及び周囲を巡る高さはないが分厚い土塁は幅が6~7mはあり、一郭としても成立しそうに思えるもので、穴倉状に西に付随する郭跡と並んで城跡の最大の見ともなっている。この穴倉構造物は掛田城でも既にお目にかかっており、機能は個人でそれぞれ想像するしかないが、かつては巨大な櫓の土台であった様にも窺える(更に主郭と見受けられる郭跡は馬出しの様にも思えてくる)。土塁内外壁及び空堀外周の土塁には石垣痕が随所に窺われ、本郭部の整合感のある構造からも案外石垣城が想像出来るものでもあり、個人的には織豊系と呼べるものではないが、なぜかそれに通じるものを感じ取れた。山城巡りにおいて楽しいのは残存する遺構機能の想像も含まれており、この城跡に関しては細部に渡り他で見当たらない遺構を確認出来るので、限りなく想像も広がり更に目を楽しませてくれるのも現実となっている。

丘城と言えば必ず竹薮は避けて通れないのが現実でもあるが、この城跡に限っては一切竹薮は存在しないので安心して赴いて頂きたい。尚、最初に登城口に選んだ社のある山上西出郭は二連の堀切と二郭で形成されており、土塁も備わる事からも充分見学に値する遺構となっているので、後回しになっても決して見逃してはならない。(ルート図に記す本田城は次で掲載の予定)

10_nisi_demaru_2 西出郭

16_horikiri2 西出郭堀切見所

28_shukaku_1 主郭と外周土塁見所

29_shukaku_1 主郭より虎口側

35_kitagawa_dorui_ue 主郭土塁上

25_anagura_dorui_1 穴倉構造物見所

30_shukaku_yori_ana_koguti 穴倉へ虎口土塁

40_kita_karabori_dorui_1 主郭北側土塁空堀

44_higasi_horikiri_1 東堀切

51_karabori_1 南土塁郭の空堀見所

« 高山城跡(奈良県生駒市) | トップページ | 本田城跡(三重県伊賀市) »

三重県の山城跡」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1070646/27806716

この記事へのトラックバック一覧です: 小鴨氏城跡(三重県伊賀市):

« 高山城跡(奈良県生駒市) | トップページ | 本田城跡(三重県伊賀市) »

無料ブログはココログ