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2009年2月 1日 (日)

我山城跡(三重県伊賀市)

城跡は三重県伊賀市上神戸我山にあって、集落より西側後方の山に位置している。当時伊勢国司でもあった北畠具教の弟である具親の居城と伝わるが詳細は不明。

城跡へは阪神側から向えば西名阪道「上野東」ICが乗降口、国道422号をそのまま南下し上林地区にある神戸小学校西側の橋を渡り我山集落に向う。後は説明し難いのでルート図を参考にして頂き、写真で示す道路沿いからの直登山口を目指せばよい。(車は付近路肩に路駐するスペースが多少ある)

この城跡は北畠一族の築城したものと聞いていたので、伊賀に赴いた際にはどうしても訪ねてみたい山城の一つであったが、結果的に現状(一月)冬季にも拘らず、近年人の手の全く入らない城山として雑木は生い茂り、地表は自然任せの荒れ放題と化しており、郭間の移動は極めて困難、尚且つ覆い尽くされる雑木によって見通しは利き難く、外見から遺構の判別あるいは郭形状などの確認は非常に困難を極める状況となっている。特に山上本郭においては倒木あるいは長年の堆積物によって地形から郭構成を判断するのはほぼ不可能な状態でもあり、他の遺構及び縄張りを把握する為に木々の隙間を縫っての進軍は余儀なくされたが、自作城跡概念図にある郭跡、土塁、堀切などは何とか確認する事が出来た。もちろん北側麓まで展開されているであろう城跡全体の踏破は出来なかったが、山上で形成される郭跡はほぼ踏破し、そこに備わる遺構はほぼ確認する事は出来た。

視認し辛い中でも敢えて見所を挙げるのであれば、郭跡を除けば高低差は失われているが分厚い土塁といった処で、現状からでも山城を得意とする北畠氏の城跡の雰囲気は充分味わう事は可能であり、個人的にはある程度の満足感に浸ることは出来た。しかし予想を覆すほどの藪城でもあり、納得のいく見学が出来なかったのは残念ではあるが、これが数100年の時を経た厳しい山城の現実でもあるのである。

注)訪城の際には城跡縄張りが四方尾根に広がるものでもあり、更に見通しも利き難くいので位置確認の為に方位磁石は必ず携帯する必要がある(登城は容易であるが下山時に尾根を間違えると山中を徘徊する事になる) 夏季の訪城は絶対に禁物!

1route 登城ルート

4_2 南より遠望

5 直登進入口

3wa 城跡概念図

7_higasi_one_ue 東尾根上削平地

11_kitakaku_dorui_1 北郭土塁

12_kita_gedan 北郭下段の祠

13_kita_sakuheiti 北削平地

20_nisikaku_dorui 西郭土塁

19_horikiri_dorui_1 堀切土塁

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