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2009年2月25日 (水)

赤埴下城跡(奈良県宇陀市)

この城跡は地形図、あるいは現地に赴けばある程度判断出来るように城戸口を固めたと見受けられる下城、谷沿い東奥に位置する上城の赤埴二城(上下城)から形成されている様に見受けられ、非常に城域の広大さを誇る城跡でもある。更にその上城背後には山上郭更に遠く東山上には詰城とも言うべき高城山が聳えており二重、三重の鉄壁の備えが見て取れる。訪問結果として上下城共に特筆すべき縄張り妙味あるいは凄いインパクトを感じられる遺構は目に留まらなかったが、上下城間に展開される屋敷群とも見受けられる現在の農作地、あるいは上城の山上郭間に展開される屋敷段郭群も含めれば奈良県内でも屈指の城域の広さを持つ城跡とだけは言い切れそうである。奈良中心地より山奥の更に山間部に位置してはいるが、当時この付近は伊勢までも通じる街道が通じていたと思われ、この下城は佇まいからも街道監視あるいは関所の機能を担っていた様にも想像出来そうに思われる。

上下城併せて同日訪問すれば更に戦国期山城の醍醐味、全体の縄張りプランを含めた城跡探索の楽しさも堪能する事が出来、正に推奨に値する城跡と言ってもよいと思われる。

1route_2 登城ルート

3_1 城跡概念図

城跡は奈良県宇陀市榛原区赤埴上俵にあって、阪神側から向えば西名阪道「針」ICが最寄の乗降口、ICを降りれば国道369号をしばらく南下、後は道路沿いに道標の設置されている仏隆寺を目指して進行すれば迷わず駐車場までは辿り着けるが、駐車場の南背後の丘陵上は既に城跡でもある。城史に関しての詳細は不明であるが後で寄ること事にもなる上城と同様に赤埴氏の居城と察せられる。

随分訪問後の掲載が遅れてしまったが現状(四月)城跡は冬枯れ後の植林地でもあり、見通しも利くので郭跡、堀切、郭切岸、空堀道など遺構の判別確認はほぼ容易な状態にある。郭を東西に並べただけの縄張りプランではあるが合計五本の堀切によって郭は分断されており、状態が良く全体像が窺える事からもかなりの見応えを感じる事は出来る。規模こそ大きくは無いが見る限りにおいては本格的に造りこまれた感のする城跡である事だけは確かである。この下城を後にして更に谷沿いから車で細く狭い道を蛇行して南東側に上れば上城に直ぐ到達出来るが、赤埴上城のリポートは次で掲載の予定(現在編集中)。

6_tojyouguti 道路沿い登城口

8_higasikaku_yori_shukaku 東郭より主郭

11_shukaku_horikiri 主郭堀切見所

15_shukakunai_horikiriato 主郭内の空堀跡

18_nisi_2jyuu_horikiri 二重堀切見所

24_minamigawa_karabori_dou 南西空堀道

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三宅 播州です。これからも山城賛歌のブログ更新を楽しみに拝見させていただきたいと思います。私も城郭探訪紀というHPを昨年より運営させていただいております。サイトURLはhttp://www.fumikomasaru853.com/
になります。一度覗いていただけましたら光栄に思います。私の運営趣旨は一人でも多くの人に見ごたえあるあまりスポットを浴びていない城をメインに紹介させていただいております。その中でもやはりTAKUさんにご紹介いただいた城は特に見ごたえがあり、ぜひこの輪を広げて行きたいと思っております。また今まで訪れた城に関してもTAKUさんの概念図をコピーしてまた訪れた際に新たに遺構を発見する楽しみはとても素晴らしく感じております。地域的には近畿全般と中国地方をこれからもメインに考えております。このような事は全く失礼かも知れませんが滋賀県と岡山県の城郭を訪れた際にTAKUさんならどのような意見をお持ちになりまたどのような素晴らしい概念図をお書きになられるかとよく考えてしまいます。やはりTAKUさんにおかれましてはこだわりのある地域もあると思いふと胸にしまっておる次第です。これからも山城賛歌を楽しみにしており、TAKUさんの末永いブログ運営を願っております。

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