« 比熊山城跡(広島県三次市) | トップページ | 轟城跡(三重県伊賀市) »

2009年2月 3日 (火)

尾関山城跡(広島県三次市)

広島県三次市三次町にあって先にリポート掲載を終えた比隈山城の直ぐ南側に位置する尾関山公園が城跡、文献などにおいては本城である比隈山城よりなぜか此方の方が掲載記事も多く、城史としても多くの記事が残っている様に思われる。関が原合戦後、福島正則が安芸の領主となり、その重臣である尾関氏がこの出城を改修した事で尾関山として現在まで伝わっている模様である。

現状(四月)城跡は史跡公園として充分な整備が行き届いており、切岸を含めた郭形状もしっかりと残り、郭壁に残存する石垣跡あるいは石垣痕も明確に判別確認出来る状態にある。現在郭内には展望デッキあるいは公園施設などが建てられてはいるが、敷地は当時の郭跡をそのまま転用したものとも見受けられ、現在に至る縄張りもさほど大きな改変は受けていないようにも窺われる(ほぼ当時の縄張りと言ってもよいのかもしれない)。城跡は主郭最高所を櫓台(天守台)として麓に向って輪郭を形成した構造で、北側は現在の駐車場まで南西側は住宅地から川沿いまで郭が連続していた様にも見受けられ、更に北側の丘上地(現在神社あるいは住宅地が建つ)には土塁あるいは段郭群が窺える事から、出郭として機能していた様にも推察される。

城跡に山城としての醍醐味は求められないが、状態の良い切岸壁あるいは残存する石垣跡から当時に思いを馳せることは容易でもあり、戦国後期から改修されて現在に至るまでの城跡の変遷などを、外見から推察しながら楽しむ分には最高の城跡と言えよう。

比隈山本城と出城の関係を現状からも窺う事が出来、お互い国道沿いに位置することからもセットで訪問出来て、尚且つ手軽に遺構を楽しむ事の出来る是非お薦めの城跡である。

1route 登城ルート

4 南より遠望

3 城跡概念図

8_kitagawa_1 北側切岸

11_2maru_minami_sita 二の丸南下段

15_shukaku_e_isidan 主郭へ石段

16 天守台下段

21_higasi_gedan2_isigaki_1 東郭群2石垣跡

22_gedan3_isigaki_1 東郭群3石垣跡

28_demaru_dorui_koguti_1 北出郭虎口土塁

« 比熊山城跡(広島県三次市) | トップページ | 轟城跡(三重県伊賀市) »

中国(山陽)地方の山城」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 尾関山城跡(広島県三次市):

« 比熊山城跡(広島県三次市) | トップページ | 轟城跡(三重県伊賀市) »

無料ブログはココログ