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2009年1月24日 (土)

鷲尾山城跡(広島県尾道市)

広島県尾道市木ノ庄町木梨にあって門前集落の北側に聳える険峻な山の山上が」城跡、杉原氏の居城と伝わるが詳細は不明

城跡へは最寄の山陽自動車道「尾道」ICで降り、そこからは国道184号を経由して一般道158号を北上する。数分も走れば木梨地区に入れ、更に北に向いて進行すれば門前集落よりそれと分かる山が目に入る。後はルート図の如く狭い道になるが山上中腹辺りの駐車場までは車で上れるので、そのまま狭い車道 に従えばよい。駐車場からは道標も設置されているので、登山口辺りまで延びている北端の堀切を確認しながら、山上主郭に至るまでの途中にある数段の小規模な郭跡、井戸跡、あるいは郭壁随所に残存している石垣跡なども確認しながら、20分程度あれば山上主郭までは到達出来る。

現状(一月)城跡は冬季にありながら主郭と一部の郭跡以外はほぼ全域が矢竹薮に覆われており、郭形状あるいは郭内の遺構確認は困難な状態にある。石垣跡などは露出しているので差障り無く判別出来るが、現地案内板縄張り図にあった南郭群、西郭(馬場跡)群は密生する矢竹あるいは雑木に阻まれて踏み入る事も出来ず、見て回れたのは山上郭群のみに終わってしまった。幾つかの箇所には遺構の表示もされており期待が持てたのではあるが、山上の展望所としての値打ちのみに終わっており、戦国期を語る山城としての史跡価値はほぼ忘れ去られている様にも見受けられた。

城跡は山上郭群を見る限りでは規模はさほど大きくない様にも思われたが、郭壁に残る多くの石垣跡あるいは崩落石などからも、山上郭群は周囲をほぼ石垣で堅固に固められてあったかの様にも思われ、当時は石垣城と呼ぶに相応しい要害堅固な山城であったのではないかとも推察される。

多くの地域を代表する山城は展望所としても使用され、登山道も設置されており見学者にとっては非常に有難いのだが、その反面遺構の保存状態にまでは気が行き届いていないのが常で、後世まで遺す必要のある折角の山城遺構がこのまま風化して行くのも非常に残念でもあり勿体無くも思えてくる。

1z 登城ルート

4a 南より城跡遠望

2z_2 現地案内板より

3_1_3 城跡概念図

14_horikiri_2 北堀切

18_kitakaku_hasi_isi 北端郭の石垣跡見所

20_kita_hasi_kaku 北郭群

28_2dan_heki_isi 石垣跡

32_ido_ato_1 井戸跡

33_shukaku_kita_gedan_nisi 規模の大きい石垣跡見所

40_shukaku_nai_1 主郭

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